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逢瀬は、プラットホームで。  作者: 椎名美雪
第四章
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私の帰る場所

 通常の仕事と、定時後にある残業仕事で、私には本当に、余計な事を考えている暇はなかった。


 それでも、親のことや、成田さんが言っていたこと――気になること、やらなければならないことがたくさんあるし、なによりも、井沢さんをまともに見ることさえできない、今の自分が嫌だった。


 ううん。

 それよりも、まず先にやらなければならないことがある。親から要求された、脱会を証明する物とは何かを考えなくては。


 井沢さんには、私の家庭内のことは知られたくなかった。それが原因で、彼に背中を向けられることの方が怖かったから。


“脱会方法”を考えたとき、まっちゃんが頭に浮かんだ。前にも相談に乗ってもらったし、同期の男子の件もお願いしたし。


(まっちゃんなら、何か知っているかな)


 とはいえ……まっちゃんに頼るということは、“別の宗教に頼る”のと、同じ意味合いになる。


 いや。もう、そんなことは言っていられない。だって、私一人では無理なことだから。


 私は、休み時間に、かいつまんでまっちゃんに相談した。彼女は、私がそんなに大変になっていることに驚いていたけれど、まずは、脱会を証明させる手段を考えようと、一緒に動いてくれた。


 私が入会してしまった教団が、どう受け取るかは判らないまでも、「脱会の意思がある」ことを証明するには、お金や労力を掛けずに出来る、内容証明郵便しかない。


 書き方などは、以前会ったことがある、まっちゃんが信仰する宗教関係の人に教わり、郵便局へ届け出ることが出来た。


(これで親を納得させられなかったら、どうすればいいのかな)


 疲れ切る私を、運命はまだ放してくれない。


 その日も、残業。あと少しで終わらせる見通しがたち、少しだけホッとしていた。

 気付けば二十時を過ぎていて、私は焦った。まだ仕事は終わらないし、今日は門限を余裕で越えてしまう。


 今時、そんな家庭あるの?と思われるだろうけど、我が家には“門限”があった。

 社会人になった私の門限は、二十二時。ちなみに、中学の時が十六時で、高校が十八時。もちろん、例外はあったけれど、原則がコレ。


 門限を決めたのは母。

 しかも、門限より早く帰っても、理不尽に小言を言われた。「遅い!こんな時間まで、何をやっているの!!」と。


 子供の頃から、籠の中の鳥だったこともあり、母に怯えていた。


 残業で遅くなることさえ不快感を持つ人だったから、門限を破りそうだと気付いて焦っていた。


「椎名ちゃん、家には電話した?」


 藤村課長が、思い出したように私に聞いてくる。

 私に門限があることは、職場の殆どの人が知っていた。飲み会でも、いつも二次会の途中で帰ってしまうから、不思議に思わないはずがないけれど。


 気にかけてくれた課長の声で、私も家に電話を入れやすくなった。


「いえ……まだです。電話します」


 そう言って、自分の席を離れて、他の部署の電話を借りにいく。やっぱり、親との会話の内容は人に聞かれたくない。


 コソコソと電話をかけた私。

 呼び出し音が鳴ったか鳴らないか……とにかく直ぐに母が電話に出た。


 電話の前で、待っていたんだと判るほどの早さ。それだけで、母の怒りは感じられるけれど、受話器の向こうの声ははるかに怖くて、私は泣きそうになる。


「ごめんなさい、今日は遅くなりそう――」


 声を潜めて言う私に、母は烈火のごとく怒鳴った。


「こんな時間まで、若い女の子を残業させる会社なんて、何処にあるの!? 仕事なんていいから、早く帰ってきなさい!!」

「無理だよ! みんな残っているし、一人だけ帰れない」

「そんなのはどうでもいいの!! いいから帰ってきなさい!」

「無理だって、言ってるでしょう? なるべく早く帰るから」

「……アンタ、本当に会社から掛けてるの?」


 また始まった。

 全く話にならず、途方に暮れる。受話器を押さえて、深い溜息をついた私を、課長が見ていた。


「どうした? お母さん、怒ってる? 電話変わってあげるよ」


 ずっと苦手に思っていた課長だけど、この人は部下をよく見ている人だった。

 妙に感心してしまったことを、今でも憶えている。


「いえ、大丈夫です! すいません」


 そう返事をして、母には“早く帰るから”と念を押して受話器を置いた。


(あんな家、帰りたくない)


 全ては私のせいなのに、現実から逃げ出したかった。涙を必死に堪えて、私はしばらく動けずにいた。

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