見て見ぬフリ
会社では――というか、これは営業部だけに限ったこと。年に二回、春と秋に、とても面倒で大変な事務仕事がある。
大体、一週間くらいは遅い時間までの残業が強いられた。入社一年目の頃は、慣れないという理由で免除されていたけど、二年目となれば、そうもいかない。
国内営業部の営業と事務員が全員残り、黙々と仕事を進める。
私たちのいる区画だけが蛍光灯で照らされていて、他の場所は真っ暗。トイレに行くのも、怖いくらいの静けさ。
この仕事は、ハッキリいって、事務員の処理能力が問われる。
一人の営業が担当する取引先を、数人の事務員で分けているから、事務員は、自分の担当している取引先に関する仕事が終われば終了。
つまり、事務員次第で早く終わらせることが可能。
一番優秀でしっかりしている黒田さんは、いつも最初に終わらせていた。
ちなみに、佐藤さんの取引先は、殆どが黒田さんが事務担当をしている。だから当然、佐藤さんは一番乗りで帰れるわけで。
だけど、井沢さんは、私が担当している取引先が半分くらいあるから、まだまだ終わらせられない。
(私がノロイばかりに、営業さんに迷惑かけてる)
冷や汗をかきながら、私は必死に帳簿と電卓を相手に格闘していた。
*
残業を始めて、二時間近くが過ぎただろうか。
井沢さんが、帰り支度をはじめる。
「すいません、お先に失礼します」
静けさを裂いて、そんな彼の声が響いた。みんなが驚いて顔を上げる。この状況で帰るというのは、かなり有り得ない状況で、誰もが驚いて当然。
私は大体の事情は理解していたけれど、他の同僚は知らないし、怪訝な顔をしている。
「ゴメン。続きは明日やるから」
「う、うん……」
周囲の視線を集めているだけあり、私は頷くことしか出来ない。
彼が自動ドアを出ていくと、課長が大きな溜息をついた。
それに触発されたのか、
「この状況で、よく帰れるなー」
矢口さんが、課長の代弁をするように声にした。それを聞いて、既に自分の仕事分は終わっているのに、周囲に配慮して残っていた佐藤さんが、小声で私に振ってくる。
「遠慮しないで、いっちゃんに言ったほうがいいよ」
いつもふざけている佐藤さんが、珍しく真面目な顔をしている。職場の空気というか、そういうのを察して、私は顔が強張ってしまう。
左隣の席の営業が、ボソッと言った。
「いっちゃんて、アレさえなければ、いい奴なんだけどなあ」
“アレ”とは、宗教以外には、考えられない。
私は、井沢さんを異性の目線でしか見れないけれど、同性からは、そう映っていたんだ。佐藤さんも、同じくと言うように頷いてる。
なんだか、とても勿体ない気がする。あのことだけで、井沢さんの評価が落ちることが残念。
でも、私には、私からは何も言えない。
彼から電話がこなければ、連絡さえ取れない。
想いも、連絡さえも、どちらかの一方通行。
「お茶淹れますね」
私は、苦しくなる胸の内を誤魔化すように、席を外した。
何もかもが中途半端な自分を、見て見ぬフリをした。




