ただ、会いたい
退職を迫られ辞めていった、かつての上司。馬渕部長は元々は技術部の部長をしていた。
しかも、井沢さんが入社してすぐの配属先も技術部だったというから、ちょっと驚き。
だから、他の営業よりも、自社製品に詳しかったのか。機械に詳しい男性って素敵……という私の気持ちは置いておき、新体制になった営業本部のピリピリ感には、いつまでも慣れなかった。
部課長が外出した途端、みんなの肩の力が抜けていくのが解る。
「はーあ……」
という、何処からともない大きな溜息が漏れてくる。みんな、ほぼ同時くらいについていただろう、溜息。
仕事に緊張感は大事だけど、これほどまでに締め付けるのも、新米ながら“どうなんだろう?”と、感じていた。
あ。
あとは、矢口さんがいる時も気が抜けない。何故って、課長に告げ口されるから。ベテランの営業なのに、ものすごく面倒臭い人だった。
そして、以前のように、社内で井沢さんと話せる時間もタイミングもなくなり、その意味でも私の溜息は止まらない。
仕事が終わってからも、彼は相変わらず忙しかったし、夜に掛かってきていた電話も、最近は減ってきていた。
ホワイトボードに、井沢さんが出先と帰社予定時間を書いている。
(出掛けちゃうのか。しかも18時って……)
今見送ったら、もう明日まで会えない。というか、見れない。
どうにも寂しくて、「行ってきます」と言って出かける彼の後を、トイレに立つフリをして追いかけた。
営業は、車で出掛けるときは、受付に車の鍵を取りにいくから、すぐには出かけない。
営業車を停めている駐車場まで下りて、私は辺りを見回した。
(あれ? いない?)
いないはずは、ないんだけど……。
受付の中にいるのかもと、覗いてみようと思ったら、受付のガラス窓に反射して、私の背後に人影が見えた。
小窓の位置が低いせいで、顔まで映りきらない。
「なにやってんだよ。……すいません、車の鍵ください」
笑いながら、私に被さるようにして、受付の中に声をかける。慌てて逃げる私を、笑っている井沢さん。
そういえば、こんな風に笑っているのを見るのも久しぶり。
「どうした? 用があったんじゃないのか?」
鍵を手にして、駐車場へ戻りながら声をかけてくる。
何も言葉を用意していなかったことに気付いたけど、以前のような私ではないから、思ったことを口にしていた。
「ううん。用はないんだけどね。追いかけてきてみた」
「なんだ、ソレ」
言いながら、車の後部席にカバンやカタログを置いて、ドアを閉める。
「乗るか? ドライブ行く?」
もちろん、これは彼の“冗談”。仕事を放って出れるわけがないからね。
冗談に冗談で返して、ふざけ合うけれど、ここは会社の敷地。人の目もあるわけで、私は早々に切り上げる。
「じゃ、気を付けてね。いってらっしゃい」
私は、軽く手を振ってみせた。
「あっ、オイ!」
呼び止めると同時に、少し周囲を窺う。
「なるべく早く戻るから、いつもの所で待っていられるか?」
「ん? 駅?」
「違う。マック!」
ムキになっているのがおかしくて、つい笑いそうになる。
「時間わからないのに、駅で待つなよ。マックだからな」
言い聞かせるように強く言われ、私も素直に頷いてしまう。
(久しぶりに、外で会える!)
車で出ていく井沢さんを見送り、午後の仕事を張り切る私だった。




