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逢瀬は、プラットホームで。  作者: 椎名美雪
第四章
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社会の厳しさ

 年が明けて、1994年。

 一月には、成人の日がある。

 大々的にではないけれど、社内行事でも“成人式”があった。新成人と、社長や専務などの役員の人だけという、小さな成人式。記念撮影をして、記念品を貰って。


 その程度のものだけど、良い思い出として残っている。


 そして、新年度を迎えるにあたり、人事異動というものがあって――。

 井沢さんと私が所属している、国内営業部にも、異動があった。営業には、割と頻繁に異動がある。営業所から本社に、とか、その逆とか。


 この話には書いていないけど、前年にも営業さんの異動があったばかり。それなのに、また営業が二人も入れ替わった。

 勤続年数が長くて、営業未経験の人。藤村課長の太鼓持ちみたいな、表裏ありまくりなベテランの矢口さん。癖はだいぶ強い。


 私が配属されてから、ずっと一緒に仕事をしてきた人たちが、いなくなる。

 遊びに来ているんじゃないと解っていても、雰囲気が良く仕事が出来ていたことを思うと、やっぱり寂しい。


 そして、入社当時から、気にかけてくれていた、馬渕部長も異動になった。

 異動先は、以前、営業本部があった“三階”のフロア。閑散とした広いフロアの隅に、小さくパーテーションで仕切られた空間。そこには、机が四脚並べられているだけの場所。


 仕事なんて、特にはない。


 これが“肩たたき”と呼ばれるものなのだと、その時に初めて知った。これが、辞表を出すのを待つ、会社側のやり方なのか……。

“社会の汚さ”も同時に感じて、私は言いようのない気持ちに襲われた。


 馬渕部長の後任には、東京営業所の所長をしていた人が、本社と営業所を兼任するということになっていた。


 穏やかな馬渕部長とは違って、ビシビシいく感じの部長。藤村課長と合いそうな、やり手の雰囲気があった。


 藤村課長の太鼓持ちの矢口さんは、世渡りが上手なんだと思う。当時は、正直なところ、すごく苦手だったけれど、今思えば、世渡りが上手い人だったかな。


 誰に付けば得か。そういうアンテナが働く人だった。年齢は、多分、私の親世代より少し若いくらい。課長専属の太鼓持ちかと思っていたら、新部長も担ぎ出した。


 でも、自分よりも劣るとか、上司の評価がイマイチだと感じた人にはかなり冷たい人だった。


 矢口さんは、井沢さんにも目をつけていた。あの話を知らないはずがないから、それも関係していたはず。

 嫌味なことを、チクチクと言ってくる。それも、大勢の前で。


 昨年までの、和やかな国内営業部とは違い、トゲトゲしくて、お世辞にも居心地が良いとは言えない職場になっていた。


 でも、私の救いだったのは、まっちゃんが国内営業部に、淳ちゃんが、営業部内に異動してきたこと。


 厳しい新部長の下、少しの無駄話も出来なくなった。

 藤村課長は、これまで以上に存在感を強めていて、みんなの仕事ぶりを細かくチェックし、何かあると席に呼びつける。


 そんな様子に、私だけでなく、黒田さん、由真ちゃんもピリピリ。トイレで席を外す以外は、黙々と仕事をしていた。

 営業が大きな声で注意され、怒鳴られるのを聞く度に、胸が痛くなる。


 上に立つ人次第で、職場はどうにでもなるんだな。でも、これが会社なんだ。


 そう理解しようとするけれど、まだまだ未熟だった私は、たまにお茶を差し入れに、三階の馬渕部長のところへ行っていた。


 厳しい現実が、受け入れられなかったのかもしれない。一人のときもあったし、淳ちゃんや、まっちゃんと一緒の時もある。


 馬渕部長は、もう“部長”ではないけれど、今さら“さん”付けでなんて呼べないし、部長は部長だと思ったから、ずっとそう呼んでいた。


 机を並べていた、他の人達も、以前は要職に就いていた人ばかり。

 異動になってからは、もう誰も来る人がいないらしくて、訪ねていくと嬉しそうにしてくれた。


 でも、それも長くは続かず――馬渕部長は、定年を前にして退職した。



「椎名ちゃん、お世話になったね。元気で、頑張ってね」


 そう言われたとき、涙が出てきた。お世話になったのは、私の方だったから。

 社会に出たばかりで、カチコチだった私に、毎日明るく声をかけ続けてくれて、本当に救われたのに。


 出会いがあれば、別れは必ずやってくる。


 私と井沢さんは、どこに向かって歩いているんだろう……。

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