友達に隠れて
畳についた手を、井沢さんに取られた。暖かな温もりが、直に伝わってくる。
「いいから、ここにいろ」
ボソッと呟いた声は、友達には届かない。
井沢さんと私の間の、壁ギリギリのところで手が重なっていた。
腕まで触れるくらいの近さにドキドキしつつも、恋愛スキルが足りない私は、
(こんな少女マンガみたいなこと、ホントにあるんだ……)
半ば感心して思っていた。
何が起きたのかを理解するまで、時間が必要だったから、きっと、私の頭の中は、ショートしてしまっていた。
それにしては――からかうにしては、時間が長い気がした。
特に話すこともなく、ポツポツと途切れがちな会話。この後、忘年会の後は、教会に行くんだって。
その前に、“こんなに飲んで平気なの?”と思うけど、外は寒いし、歩いていれば目が覚めるのかな。
眠そうにしていた井沢さんは、壁に頭を付けて少し目を閉じると、何気なく呟いていた。
「落ち着くなー……」
綺麗な横顔。カッコイイな、と改めて思う。
重ねている手は、動かない。大きな手から、温かさだけが伝わってくる。
退院したばかりなのに、まだ忙しさに限界が見えない、教団の活動。私が考えている以上に、疲れているんだろうな。
私としても、もう少しこのままでいたいけど、それは無理。
「……あの、井沢さん」
「ん?」
「そろそろ、手……放してよ」
「ダメ。放したら、逃げるんだろ?」
重ねていただけの手に、少し力が入る。井沢さんは、私の左手を握った。
「そういう事じゃなくて」
そろそろお開きみたい、と続けようと思ったら、突然、まっちゃんが声を掛けてきた。
友達二人とも、私達の手が触れていることには気づかない。
「なによー。二人とも静かじゃん」
覗き込むような、まっちゃんと木村ちゃんの視線に、井沢さんは、そっと手を放して、身体を起こした。
木村ちゃんも、まっちゃんに乗っかるようにして、
「ねーねー、井沢さん。椎名ちゃん、オススメだよ! 彼女にどうですか?」
結構、無茶なことを振ってくる木村ちゃん……。
そうだよ。前にも何度かあったね、こんなことが。
私の友達に、長い間、散々とイジられているせいか、いつものように笑みだけを返している。
「まーた、ノーコメントだってさー」
“つまらない” といった声を出した、まっちゃん。
「もうさー、アンタもやめなよ。井沢さんなんてー」
軽くキレたように、私に訴える。
まっちゃんの言葉は、私の気持ちはまだ井沢さんにあると言っているようなものだ。こんなにザックバランな会話、本人の前で言う?
私も困ってしまって、「ほんとにねー、そうだねー。あははは」隣りに井沢さんがいるのに、“どうにでもなれ!”な発言。
(どうして、いつもこんなことに――……)
良い返事が浮かばず、誤魔化すようにグラスに手を伸ばした。
少し飲んでは足されたビールを、チビチビと飲む。もう、冷たさなんてなくて、温くなったビールは更に美味しくない。
まだビールが残るグラスを、テーブルに戻した途端、左から奪われてしまった。
私の反応よりも、まっちゃんたちの方が素早い。
「え!?」
「うそ――!!」
私の飲みかけのビールを、井沢さんが飲み干してしまった。空になったグラスをテーブルに置いて、ふうっと息をつくと
「ごちそーさま」
笑顔を残して、元の自分の席に戻って行った。
何も言葉が浮かばずに、私は固まったまま。
呆然自失。
一番興奮しているのは、友達二人の方で、“すごいモン見た!” と盛り上がっている。
「今のアピール、なに!? “俺のモン”みたいな!!」
「井沢さん、絶対にムキになってたよね!?」
まるで自分のことのように盛り上がる二人が、頼もしくて、嬉しくて、私も笑顔になる。
さっき、彼が触れた左手を、そっと右手を包む。
手の熱が引かないまま、忘年会を締める、部長の挨拶を聞いていた。




