彼の母親
「一人で大丈夫?私も行こうか?」
「うん。私もヒマだし、付き合うよ」
帰りに、淳ちゃんと沢田ちゃんから声がかかる。
井沢さんが入院する病院が、そう遠くないことを知って言ってくれた。
(友達って、ありがたい!)
何度も思ったことだけど、本当にそう思う。心細かった私は、すぐにお願いをした。
*
病院の最寄駅を降り、人に聞きながら病院を探して歩いた。
途中、花屋を見つけて、控えめなお花を買って。自分の好みで選ぶのは危険だから、店員さんに聞き、幾つか選んでくれた中から、コレという花束を購入した。
「あったー!」
駅から五分くらい歩いただろうか。ようやく病院を見つけて、三人で声に出していた。
しかし、着いたけれど、部屋番号が分からない。受付で聞いて、「そこのエレベーターで三階まで上がってください」と、指されたエレベーターに乗り込んだ。
「わー。なんか、緊張するね~」
緊張すると言いながら、淳ちゃんはワクワクしている。彼女としては、井沢さんがどんな反応をするのかが見たいらしいけれど。
エレベーターの扉が開くと、消毒液のような薬品の匂いがツンと鼻についた。私はそれまで、こういう場所に来たことがないから、言い表せない不思議な気持ちで、辺りを見回していた。
受付で教えられた部屋番号を探して……というまでもなく、彼の名前はすぐに見つかった。
エレベーターから近い部屋前のプレートに、井沢さんの名前を見つける。
数人の名前の中に名前があるし、ベッドを仕切られているカーテンは全て閉められているし、これでどうやって見つけろと?
「コレね、ベッドの配置順なんだよ」
少し戸惑った私に、沢田ちゃんがプレートを指して教えてくれた。なるほどーと、感心しながら見れば、井沢さんは廊下側の手前ということになる。
「じゃあ、ココなのかな」
入口に向かって右手前の、閉められたカーテンを指した。私の後ろにいる二人は、うんうんと頷いている。
「早く行きなって」
「私達、ここで待ってるからさ」
ヒソヒソ声で言われて、どうしたものかと考えていた時、井沢さんの場所だと思われるカーテンが揺れた。
(先客がいる!? マズイ!)
職場の人かもとか、教団の人かもとか、もしかしたら、隠しているかもしれない彼女!? とか、ほんの一瞬であれこれと頭に浮かんだ。
慌てふためく三人の前に、一人の女性がカーテンの向こうから出てきた。カーテンの隙間から見えた、井沢さん。
(――ん? んん!? 似てない?)
三人揃って、出てきた女性と井沢さんを見比べる。
(まさかじゃなくても、井沢さんのお母さん!?)
もう、目がテン。
まだ職場の人の方が良かった。どうして、井沢さんのお母さんと鉢合わせるかなー……衝撃を受ける私達を、井沢さんが見つけた。
「あ――――!」
完全に無防備だったであろう、彼の超プライベートな姿。そこには、普通の親子がいた。
息子の一声に気付いたお母さんは、視線の先にいる私達に気付いた。隅で待っていようと思っていた、淳ちゃんと沢田ちゃんまで見つかり、彼女たちも逃げられない状況になってしまった。
「こんばんは!」
慌てて頭を下げる私に、後ろの二人も続いている。
「あの、井沢さんのお見舞いに……」
花束を抱えた私を、お母さんが見ている。絶対に顔が強張っていたはずの私に、ニコニコと笑顔を見せてくれた。
「まあ~! 女の子のお見舞いだなんて! ……さあ、入って」
冷やかすように、息子を振りかえるお母さん。呼ばれるままに、カーテンの中に入る私達。
「会社の子なんだよ」
「仕事で、いつもお世話になっています」
二人して、お母さんに弁解する様子を、淳ちゃんと沢田ちゃんは“頑張れ!”と言わんばかりに、壁際で見守っている。
お見舞いの花束を渡して、早々に帰ろうと思ったのに、「ゆっくりしていってね」そう言いながら、出ていこうとする。井沢さんと二人きりになってしまう。
お母さんに続こうとする二人を止めようとするのに、“ごゆっくり~”と意味ありなニヤケ顔で出て行ってしまう。
残された、井沢さんと私。
ほんの1~2分のことなのに、私はものすごい疲労感に襲われた。
「ゴメンね。まさか、お母さんがいるとは思わなくて」
「いや。来てくれるとは思わなかったから、驚いたけど」
「――誰か、来た?」
「ううん、誰も来ないよ。お前だけ」
「そっか……。あっ、具合は? 大丈夫なの?」
「うん。あと二日くらいで退院だから」
「そう。良かった~」
少しだけ話しをして、“じゃあ”と会話を切り上げる。
「あまり長くいてもいけないから、私はこれで」
「うん。ありがとう、来てくれて」
井沢さんから、“ありがとう”だなんて。言われ慣れない分、すごく嬉しかった。
カーテンを開けて部屋を出ると、廊下でお母さんと、淳ちゃん、沢田ちゃんが立ち話をしている!
(私、長居しすぎた!?)
出てきた私と、その後ろから現れた井沢さんに気付いた。
「あれ、椎名ちゃん。もういいの?」
普段と変わらない言葉を言ってくる沢田ちゃん。ちょっと! お母さんがいるのに。――というか、何を話していたの?
「すみません、突然に。お邪魔しました」
「あら、もう帰るの?」
「ハイ」
だって私は、ただの後輩ですから。これ以上居られる、理由がありません。……って、アレ? 私だけが中にいて、二人が外で待っているというのは……。
ああ……。また一人、勘違いをさせてしまったのか、私は。しかも、井沢さんのお母さんだなんて。後で井沢さんが否定するとしても、やっぱり良くなかったかな。来ないほうが、良かったのかな。
私達三人は、井沢さん親子に見送られながら、エレベーターに乗り込んだ。ドアが閉まった途端、興奮した様子で二人が詰め寄る。
「なんでお母さんがいるの!? ビックリした!!」
「椎名ちゃん、緊張したでしょ? 彼となに話したの!?」
それよりも、私は二人がお母さんと話していた内容が気になる。ものすごく気になるが、幸いにも余計なことは言っていないみたい。
でも、「私達、椎名ちゃんに、付き合って来たんです」って、充分に余計なひとこと――なのでは!?
冬なのに、汗ばんでしまう私だった。




