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逢瀬は、プラットホームで。  作者: 椎名美雪
第三章
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私は妹

 電車に揺られ、二人で降りたのは、井沢さんが教会に向かう時に、乗り換えるターミナル駅。


 さっき、“無理には誘わない”そう言ってくれたから、私は余計なことを考えずに付いていく。


 あの日――彼から勧誘を受けた日に入った、喫茶店。来るのは二度目。改めて店内を見て見ると、長居出来そう。客層も大人ばかりで、落ち着いた雰囲気の店だった。


(さっきはオレンジを飲んだばかりだし、何を頼もうかな?)


 そんなことを思いながら、メニューを見てみる。

 うーん……と迷う私に、


「また、オレンジジュースか?」


 からかうように、井沢さんが言っている。“えーえー、どうせ子供ですよ!”と、少し膨れながら、何も考えずに紅茶を頼んだ。

 私の気持ちを悟るように、井沢さんがクスクスと笑っている。


 うん、でもまあ……これはこれで、悪くないかな。なんとなく、私も気持ちが楽になり、カバンから写真が入った封筒を取り出した。


「はい、コレ」


 差し出した封筒を、嬉しそうに受け取る井沢さん。


「全部って言ってたから、ホントに全部持ってきたからね」

「うん、サンキュ。おおー、よく撮れてるね」


 楽しげに写真を眺めていた彼が、何かを思い出したように顔を上げた。


「あ。そういえば……」


 丁度、頼んでいた飲み物が運ばれてきた。彼は写真をジャケットの内ポケットにしまうと、ブラックのままの、熱いコーヒーを一口飲んだ。


「今日、木内に何か言われたんじゃないか?」


 ついさっきのことなのに、すっかり忘れていた私は、現実に引き戻されたような気分で、ドキリとした。


「んー、うん。言われたと言われれば、まあ……」


 なんというか、好きな人の前では、人の悪口をあまり言いたくない。否定も肯定もしない、曖昧な返事。


 そうだ! 木内さんのこともあるけど、その前に、もっと恥ずかしいことがあったよね。


(はずかしー……)


 井沢さんは、大して気にしていなくても、私は結構驚いた。妙な緊張を解くように、紅茶を飲んで気分を落ち着かせる。


「大丈夫だったか?」


 私は終わらせたつもりだったのに、話はまだ終わっていないようで彼は続けてくる。


「ん、うん。大丈夫だよ。ちゃんと言っておいたし」

「言うって、何を?」

「だから、ほら――“私達、何もないですよ”、って言ったから」


 だって、本当になにもないし。探られたって、なにも出てこないもんね。


「気にしなくても、大丈夫だと思うよ。すぐに忘れるんじゃない?」


 自分に言い聞かせるように、私は頷いて見せた。


「あ。じゃあ、また聞かれることがあったら、キチンと言っておくね。“私は、妹ですから”って」

「妹? 誰が?」

「そんなの……私に決まってるでしょ。だってホラ、からかいやすいだろうし――ね?」


(早く、“うん、そうだね”って言ってよ)


 頷かれても寂しいけど、彼からそう言ってもらえたら私はきっと、楽になれる。ポジションが決まれば、もっと気軽に動ける。


 けれど、井沢さんは、私を突き放してはくれない。


「俺、お前のこと、妹だとか思ったことないよ」

「黙って頷けばいいのに。――イジワル」


“イジワル”と言われて嬉しかったのか、彼は、本当に“イジワルな笑顔”で私を眺めている。喫茶店にいる人たちからは、どう見えるのかな。テーブルで顔を近づけて、笑いながら話している私達って、恋人みたいに見えるかな。


 周囲の他人のことなんて、気にも留ないだろうけど、せめて、知らない人たちには、そんな風に見てもらいたかった。



 一時間ほど、お喋りをしただろうか。外はすっかり夜になっていた。駅に向かう人よりも、出てくる人の数が半数以上を占めている。帰宅を急ぐ人の波に呑まれそうになりながら、改札をくぐる。


「じゃあな」

「うん、あまり無理しないでね。ばいばい」


 微笑んだ井沢さんが、軽く手を上げる。私の呼びかけに、頷いた。

 

 私は一度も、彼に“頑張って”と言ったことがない。体調を崩しかけても、活動を続ける井沢さんを知っている。どんな場所でも、どんな意味合いでも、頑張っている人に、“頑張って”なんて言えない。


 私はただ、彼を見つめることしかできなかった。

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