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逢瀬は、プラットホームで。  作者: 椎名美雪
第三章
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階段のハプニング

 恋をするって、楽じゃない。

 時には、ライバルでもない人に、意味もなく嫌味なことを言われたり、意地悪をされたりすることがある。


 隣りの課の木内さんは、私の職場の営業(既婚)がお気に入りで、年齢もだいぶ上なのに、下の名前+ちゃん付けで呼ぶなどかなり目立ったことを平気でしている。

 二人がどんな関係かは判らなかったけど、若い女性に寄ってこられて、嫌な人いないでしょ?


 だから、下世話だけど、“もしかしたら”ってコトがあったかもしれない。

 他にも、本命の人が技術部にいるとか聞いていたし。あちこちに愛想を振りまく彼女は、もっともっと多くの男性に構ってほしいみたいだった。



 他の課に用があり、私は席を立った。


 営業本部の前にある自動ドア出たところで、井沢さんが声をかけてきて、


「椎名ちゃん。何処に行くの?」


 突然、頭の上の近い位置から降ってきた声に、思わずビクッとなる。

 しかも、それは丁度、階段を下りようとした時。


 振り向いた目の前に、彼が立っている。


(近い……っ!)


 その距離感に驚いて、身体を遠ざけようとしたけど、そこは階段。



 自動ドアから最初の段差までは狭く、二歩くらいだったから、一歩下がればもう段差で、私はバランスを崩しかけてしまった。


 思い返してみれば、背中側には手すりがあったし、踏み外したとしても転げ落ちることなく、背中からぶつかるくらいで済んだと思うけど。


(落ちる――!)


 グラリと揺れる身体を止められず、瞬時に落ちる覚悟をした。

 ……はずが、井沢さんの腕が、私をしっかりと抱えていた。


「びっくりしたー……」


 どんな体勢でいるのかなど、考えるより先に、危機を免れたことに安堵して、私は大きく息を吐き出した。


「ゴメン、いきなり声かけたから。大丈夫か?」


 さっきの、頭上よりも近い声に、驚かないはずがなく――。


(なんで、なんで……こんなことに……!!)


 全身から湯気が出そうな勢いで、体温が上がる。



 状況を把握した私には、もう言葉を探す余裕などない。

 慌てて離れて、お礼を言うので精一杯。


「ごめんね! ありがとう」


 その言葉を言い終えるかどうかのタイミングで、井沢さんの後ろの方、自動ドアの向こうから女性の声がした。


「いっちゃ~ん♪」


 という、聞き覚えのある……私の苦手な声。席を離れた井沢さんを、追いかけてきたような呼び止め方だった。


 この自動ドアは、上半分が透明なガラス。

 角度からして、井沢さんの背中は見えているはず。そこに私がいては、きっと面倒なことになる。


“危険を予知した”と言っても、決して過言ではない。

 そこからの私の速さは、我ながら見事だった。まともに井沢さんの顔を見ることも出来ず、私は急いでその場から離れて、階段を下りていく。


“声の主から逃げる”ような、私の行動に、彼も驚いていただろう。


 でも。

 その声の主に、僅かながら姿を見られていた。

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