見えない想い
あと二時間もある。
あと二時間しかない。
井沢さんと二人でいられる時間が、二時間延びた。
もう18時になるし、何処かに行くといっても時間的にも、ちょっと無理。
とりあえずは、駅の周辺を歩いてみる。
複数路線のターミナル駅だから、周辺には色々なお店が出来ていて、とても賑わっていた。
「腹減ってない?」
そう聞いてくれたけど、実際にそんなにお腹は減っていない。
多分、気持ちがいっぱいで、ご飯が食べられないだけだろうけど。
「うん。まだ、あんまり。井沢さんは? ご飯食べる?」
「俺も、そんなに空いてないから。椎名ちゃんが大丈夫なら、いいよ」
なんだか、悪かったかな。
こう聞かれた場合は、素直に頷いたほうが、良かったのかもね。全然気づかなくて、気が回らなかった。
更に少しフラフラして、彼が「あっ」と、思いついたような声を出す。
「じゃあ、カラオケ行こう」
無邪気に言う彼が、なんだか可愛くて、思わず笑いがもれてしまう。
そういえば、職場の飲み会には、殆ど参加しないけど、一度だけ二次会で聴いた歌声は、バツグンに上手だった。
機会があれば、もう一度聴きたいと思っていたから、丁度よかった。
*
でも……自慢ではないけれど、私はカラオケが上手くない。ノリで歌える、友達同士とは違うということを忘れていた。
二次会とかの大人数で、“誰も聴いていないだろうから大丈夫”という、下手な人が歌っても、あまり影響がない状況とは真逆じゃないか。
(ど……どうしよう)
選曲本を見たところで、何が一番歌いやすかったとか、思い出せない。
出来るなら、二時間全て井沢さんのオンステージでいいくらい。
「決まった?」
「ううん、まだ迷ってて。先にどうぞ」
動揺を誤魔化しながら、先を譲る。
譲ったももの、彼の歌声はやっぱり良くて、聴き入っているうちに終了。
私はまだ決めてない! を、延々と繰り返した。
妙な緊張に軽い疲れを感じた頃、そろそろ終わりの時間が近づいた。
(楽しかった~。井沢さんの歌、いっぱい聴けたし)
ご満悦な私は、井沢さんの順番で終わってほしくて、本を閉じた。
サザンオールスターズの、<いとしのエリー>を歌っている彼。“エリー”もしくは、“エリ”という名前の人が羨ましいほどの、優しい声をしている。
「本当に上手だよね! なんでだろう。声がいいから?」
満足そうな私に、彼も嬉しそうに笑っている。
さて、もう本当に終わりの時間。
マイクを片付け、本を重ねてテーブルの上をまとめる私に、井沢さんがポツリと、何かを言った。
「なにか言った?」
聞き返し、顔を上げた私。
「恋人と呼ばせて」
耳に慣れない言葉が飛び込んできた。
「――え? コイビト?」
「 『恋人と呼ばせて』、歌ってよ」
おどけた様子でもなく、真顔で言ってくる。
一瞬、言葉が理解できなくて、心で反芻してみた。
コイビト ト ヨバセテ?
ナニヲ イッテイルノ??
「えっと――そういう曲が、あるの?」
「うん。知らない?」
「あ、うん。ゴメン。知らない……」
いきなりヘンなことを言うから、鼓動がうるさく響いてくる。上手く表情を作れていたのかも、疑問なくらい。
彼はただ、そういう曲を、私にリクエストしただけ。
切ない曲なのだろうと、聞いただけで判るようなタイトルだ。
よりによって、何故そんな曲を歌ってだなんて言うの?
無意識でしているの?
私の反応を楽しんでる?
なんで? どうして……?
井沢さんには余裕だろうけど、私には、そんなの無い。
いつも感情ギリギリだし、目が合うだけでも“どうしよう”って思ってるのに。
苦しいよ。
私だけが、好きだなんて――……




