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逢瀬は、プラットホームで。  作者: 椎名美雪
第三章
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見えない想い

 あと二時間もある。

 あと二時間しかない。


 井沢さんと二人でいられる時間が、二時間延びた。

 もう18時になるし、何処かに行くといっても時間的にも、ちょっと無理。


 とりあえずは、駅の周辺を歩いてみる。

 複数路線のターミナル駅だから、周辺には色々なお店が出来ていて、とても賑わっていた。


「腹減ってない?」


 そう聞いてくれたけど、実際にそんなにお腹は減っていない。

 多分、気持ちがいっぱいで、ご飯が食べられないだけだろうけど。


「うん。まだ、あんまり。井沢さんは? ご飯食べる?」

「俺も、そんなに空いてないから。椎名ちゃんが大丈夫なら、いいよ」


 なんだか、悪かったかな。

 こう聞かれた場合は、素直に頷いたほうが、良かったのかもね。全然気づかなくて、気が回らなかった。


 更に少しフラフラして、彼が「あっ」と、思いついたような声を出す。


「じゃあ、カラオケ行こう」


 無邪気に言う彼が、なんだか可愛くて、思わず笑いがもれてしまう。

 そういえば、職場の飲み会には、殆ど参加しないけど、一度だけ二次会で聴いた歌声は、バツグンに上手だった。


 機会があれば、もう一度聴きたいと思っていたから、丁度よかった。


 *


 でも……自慢ではないけれど、私はカラオケが上手くない。ノリで歌える、友達同士とは違うということを忘れていた。

 二次会とかの大人数で、“誰も聴いていないだろうから大丈夫”という、下手な人が歌っても、あまり影響がない状況とは真逆じゃないか。


(ど……どうしよう)


 選曲本を見たところで、何が一番歌いやすかったとか、思い出せない。

 出来るなら、二時間全て井沢さんのオンステージでいいくらい。


「決まった?」

「ううん、まだ迷ってて。先にどうぞ」


 動揺を誤魔化しながら、先を譲る。

 譲ったももの、彼の歌声はやっぱり良くて、聴き入っているうちに終了。

 私はまだ決めてない! を、延々と繰り返した。


 妙な緊張に軽い疲れを感じた頃、そろそろ終わりの時間が近づいた。


(楽しかった~。井沢さんの歌、いっぱい聴けたし)


 ご満悦な私は、井沢さんの順番で終わってほしくて、本を閉じた。



 サザンオールスターズの、<いとしのエリー>を歌っている彼。“エリー”もしくは、“エリ”という名前の人が羨ましいほどの、優しい声をしている。


「本当に上手だよね! なんでだろう。声がいいから?」


 満足そうな私に、彼も嬉しそうに笑っている。

 さて、もう本当に終わりの時間。


 マイクを片付け、本を重ねてテーブルの上をまとめる私に、井沢さんがポツリと、何かを言った。


「なにか言った?」


 聞き返し、顔を上げた私。


「恋人と呼ばせて」


 耳に慣れない言葉が飛び込んできた。


「――え? コイビト?」

「 『恋人と呼ばせて』、歌ってよ」


 おどけた様子でもなく、真顔で言ってくる。

 一瞬、言葉が理解できなくて、心で反芻してみた。


 コイビト ト ヨバセテ?

 ナニヲ イッテイルノ??


「えっと――そういう曲が、あるの?」

「うん。知らない?」

「あ、うん。ゴメン。知らない……」


 いきなりヘンなことを言うから、鼓動がうるさく響いてくる。上手く表情を作れていたのかも、疑問なくらい。


 彼はただ、そういう曲を、私にリクエストしただけ。

 切ない曲なのだろうと、聞いただけで判るようなタイトルだ。


 よりによって、何故そんな曲を歌ってだなんて言うの?

 無意識でしているの?

 私の反応を楽しんでる?


 なんで? どうして……?


 井沢さんには余裕だろうけど、私には、そんなの無い。

 いつも感情ギリギリだし、目が合うだけでも“どうしよう”って思ってるのに。


 苦しいよ。

 私だけが、好きだなんて――……

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