ふたりの距離
「まだ時間あるから、何処かに行かないか?」
そう言って、私を引き留めた井沢さんの表情からは、昼間、楽しく笑っていた優しさは消えている。
一旦、気持ちを切り替えたせい?
「それとも、もう時間ない?」
じっと見てくる井沢さんを見上げて、宗教に誘われた時のことを思い出してしまった。
(このまま、また教会に連れて行かれる――とか?)
危うく、変に期待をしてしまいそうになった自分を落ち着ける。
第一、彼が引き留めるとしたら、それくらいしか浮かばないから、まだ時間があっても、返事を言えないまま黙り込んだ。
少し、身構えてしまった。
「――う……ん」
井沢さんなりに、さっきまでの私とは違うことに気付いたのか、「ちょっと来て」と私の腕を取り、構内の端にある公衆電話が並ぶスペースに連れていく。
手を放すと、彼は公衆電話に向き直り、カードケースからテレホンカードを取り出した。
(なに? どうして今、電話してるの?)
井沢さんの行動が読めない。
何処にかけているのかも見当つかないし、なぜ今なの?
周囲の騒音もあり、彼が話している内容までは聞こえない。時折、考えるような仕草を見せながら、通話は数分間続いた。
ピーピーピー
よそ見をしていた私は、カードの返却音に弾かれて視線を戻した。
ふうっ、と溜息をついた彼は「ごめん、待たせて」と、ほんの少し笑顔を戻していた。
「俺、もう少し時間あるんだけどさ、どうする?」
「でも、教会に行くって……」
「うん。後で行くけど、まだ大丈夫だから」
まさかとは思うけど、今の電話って、行く時間を遅らせるためにかけたの?
「時間あるって言っても、二時間とか、そのくらいだけど」
「……うん。いいよ」
私を教会へは、連れて行かない。
なんとなく、そう安心して、私は笑顔を返して頷いた。




