もう少しだけ
帰りの電車も、来たときと同じ方面へと戻った。
解散は、朝に待ち合わせたターミナル駅。
私はまた乗り換えて家に帰り、井沢さんはその足で教会へと向かう。
本当は――まだ、もう少しだけでいいから、一緒にいてほしい。でも、夕方までって、初めから決められていたことだから、ワガママなんて言えるはずもなくて。
そもそも、そんな勇気も、度胸もないしね。
電車内では、井沢さんは、静かというか黙りがちになっていて、これから教会に向かうから、気持ちを切り替えているのだと思った。ON/OFF を切り替えるとでもいうのかな。
私もつられて、黙ったまま電車に揺られていた。
チラリと井沢さんに視線を向けながら、考えてしまったことがある。
少しでも宗教から離れれば、多少は彼の気分転換になるかもなんて、安易な考えだったのかな。
例えば――明るいところから暗いトンネルに入ると、目が慣れなくて慣れるまでに少し時間がかかる。
それと同じことなのかもしれない。
ずっと宗教だけに捧げてきた人が、いきなり一般的な日常なんて難しくて当然なのかも。
“じゃあ、今日から変えてみようか!”なんてことが、即実行出来れば、世の中にマインド・コントロールで苦しむ人なんていない。
私は単に、“彼の世界”を邪魔してしまったのかもしれない。
何故だか急に、誘ったことが、逆に彼を困らせたかもしれないと、弱気な気持ちが押し寄せてくる。
改札から少し離れたところで、二人は足を止めた。
「今日はありがとう。気を付けて行ってきてね」
私にはそれくらいしか言えなくて、「うん」と頷く井沢さんを見つめる。
上手く気持ちを切り替えられたのか、いつものような表情に戻った彼の背中が、少しずつ離れていく。
……――と、足を止めて、井沢さんが振り返った。
何ごとかと、黙って見ている私の方へ戻ってくる。
「……どうしたの?」
驚いて覗き込んだ私を、井沢さんは真っ直ぐな目で見つめてくる。
何か忘れ物でもした?
言い忘れたことでもあった?
理由もわからず、私は彼の言葉を待った。
「あのさ……」
言いかけて、言葉を切る。
私は返事の代わりに首を縦にコクリとひとつ頷いて、続きを待つ。
言い難そうにしていた彼は、
「まだ時間あるから……何処かに行かないか?」
予想外の言葉を口にした。
サヨナラを引き留める井沢さんを前に、瞬きさえ忘れてしまう私がいた。




