声が聞きたくて
「今夜、電話してもいい?」
井沢さんに聞かれて、頷いた私。
22時頃に掛けると言っていたから、私はすべての用事を済ませ、自分の部屋でその時を待っていた。
我が家の電話は、親機が玄関にあり、子機が私の部屋にある。
電話が鳴ると、普段は親が取る。
事前に自分に掛かってくることが判っている場合に限っては、私が電話番をしていた。
TRRRR……
22時を少し過ぎた頃、電話が鳴った。
音楽を聴いたりして、ぼんやりしていた私は、勢いよくスイッチを切り受話器を上げる。
電話の奥で、ブザーのような音が鳴った。
テレホンカードが、メモリをひとつ落とした時の音だろうか。
「もっ……もしもし!」
なにしろ、井沢さんが私の家に電話してくるなんて、初めての事。
鼓動がドキドキしているのが判ると、益々緊張してしまう。
会社では会っているし、仕事では電話で話もするのに、なんでこんなにも違うものなんだろう。
「もしもし……椎名ちゃん?」
そう返してくる声は、間違いなく井沢さん。
気のせいだろうが、仕事で聴くよりも数倍は優しい声をしている。
「ごめんね、ちょっと遅くなった」
「ああ、ううん。大丈夫。今、ドコから?外――だよね?」
彼の後ろが騒がしい。
駅構内にいるのだと解る、喧噪が聞こえてきた。
「うん、まだ駅にいるんだ」
そこは教会の最寄駅。
自身の勧誘やら、配下の人達のヘルプに忙しいらしい。
「大変だね」
なんて、他人事みたく返してから、彼に話を振ってみる。
「家に電話なんて、どうしたの? 何かあった?」
“何かあったか”なんて、聞かなくてもわかるけど。彼が言い出しやすいように、聞いてみた。
「ん? うん」
短く返してきて、彼は少し黙った。
(どうしたんだろう? 今更、言い難いなんてことなんてある?)
返ってくる言葉を予測して、さらに何て返そうかと、頭の中でシミュレーションをして、頭で会話を組み立ててみる。
何と言って躱そうか、はぐらかそうか。頭にはそれしかない。
「もしもし? ねえ、どしたの?」
沈黙の間も、耳に当てた受話器からは、ザワザワと人の往来やら話し声が聞こえてくる。
「うん……。別に、用はないんだ」
「…………?」
「ただ、ちょっと声が聞きたかっただけで」
え?
いま、なんて言ったの?




