好きでいる意味
初めて連れて行かれた教会で、まさかの即日入信。
それから数回程度、仕事帰りに立ち寄っていた。好きな人に誘われるまま、流されるままの日々。
情けないよね。
彼に「行こう」と言われると、断れないんだから。
あの当時、井沢さんの教団内での肩書を聞いても、「?」なだけだった。
漢字から読み取れるのは、何かのグループの一番上にいるのかな? ということだけ。
その役職について、私が詳しく知ったのは、更に数年が経ち、インターネットが普及してからの事。
教団のトップ――代表や、幹部役員からの指名で決まるような役職なんだって。
それだけの地位に行くには、どれくらいの人を勧誘して、入信させなければならなかったのか。
気の遠くなるような人数と、時間が必要だったのだろう。
地位は絶対的で、熱心に信心する者全ての憧れ。
入信させればさせるほど、自分の魂のレベルが上がるんだって。
変なの。
手に入れた地位と引き換えに、彼が失ったものも多いはず。
会社での、同僚や他の社員からの信頼とか、友達とか。
私が考えを巡らせたって、どうにもならないようなこと。
井沢さんは、どんな思いで入信したんだろう……?
そんな事を考えている頃、井沢さんのかつての同期だったという女性信者に会った。彼の同期ということは、私にとって先輩にあたる。
「井沢くんの、後輩なんだって? 私もね、前に同じ会社にいたんだよ」
たまたま、教会に来ていて会っただけだし、その人とは二回くらいしか会ったことがないけど、かなり宗教にのめり込んでいるように見えた。
どうして、こんな風になれるんだろう?
私も、こんな風になっちゃうのかな?
もしかして、この人も井沢さんが好きなのかな?
そんな考えとともに、もうひとつ頭に浮かびかけた言葉がある。
これを実行したら、私が私ではなくなるだろう。
(私が頑張って活動したら、少しだけでもいい。振り向いてくれるのかな?)
頭の奥で、もう一人の私が囁きかけた。




