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逢瀬は、プラットホームで。  作者: 椎名美雪
第二章
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聖域

 夜のせいも、あるのだろうか。

 街灯もまばらで、薄暗い。

 オフィス街だからか、陽が落ちたこの時間はひっそりとしている。


 人通りも少ない中で、人だまりが出来ている場所があった。

 静かな通りには不釣り合いなほどの人数が、男女別れて話し込んでいる。


「ここだよ」


 井沢さんは顔を上げ、視線で教えてくれた。

 十階くらいありそうなビル。人の群れを分け入りながら、ビルの中へ入っていく。


 そこは、井沢が心酔する宗教、「我峰之神会がほうのかみかい」の支部。


 こういう場合、普通はエレベーターを使うと思うけど、彼はそれに目も向けず、右横の狭いドアの方に向かっていく。


 建物に入って、また外に出る。どうにも不思議だけど、そのドアからは引っ切り無しに人が出入りしていた。


 見上げれば、二人擦れ違うくらいの狭くて暗い、非常階段。

 みんな黙々と、蟻の列のように上り下りしている。


 二階か三階だったと記憶している、その「教会」は土足厳禁。

 入り口には、たくさんの靴が転がっている。

 それも、脚の踏み場なんて、見つからないくらい。


 事務所とか、会議室で使うようなフロアが二~三部屋くらいあって、廊下や至るところが信者で溢れていた。


 正直なところ、少なからず好奇心を持ってしまったことを悔いた。

 あまりの違和感と、身を置き慣れない環境に、吐き気がしそうで。


 部屋の隅に座らされた私は、ほんの短い時間だけど、一人になった。


 誰も知らない。

 しかもここは、宗教の施設。

 私の目の前にあるのは、彼らが信仰する神様なんだろう。


 ここにいる人たちは、みんな信者なんだ……

 背中に嫌な汗が流れる。


 井沢さんが来るまで、もう少し――――もう少し我慢しなきゃ。



 しばらくして戻ってきた井沢さんの手には、一枚の紙。

 何かなんて聞かなくてもわかる、入信をするために、名前や住所など、個人情報を書く紙。入信届。


 私はもう、素直に認めていた。

 彼は、これだけが目的だったんだって。


 本当は、入るつもりなんてなかった。

 でも、あんなに大勢の人に囲まれてしまったら、首を横に振れない。

 震える指を抑え、観念してしまった私は、記入してしまう。


 この後、井沢さんが、どんなことを言ったのかは憶えていない。

 狭い部屋に、人が集まってきた。


「俺がするのを真似すればいいから」


 真新しい、お祈りをするためのアイテムを渡してくれる。

 直後……部屋にいた十人くらいだっただろうか。

 一斉に出した、低い声が重なり合った。


 誰一人として、乱れるこのとない、統制のとれた祈り。

 あの、ゾクリとする、なんとも言えない奇妙な雰囲気は、今でも忘れられない。


 五分くらいの祈りが終わり、井沢さんは微笑みながら「入信おめでとう」満足そうに、私に声を掛けた。


 本意ではなくとも、宗教に足を踏み入れた瞬間だった。

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