聖域
夜のせいも、あるのだろうか。
街灯もまばらで、薄暗い。
オフィス街だからか、陽が落ちたこの時間はひっそりとしている。
人通りも少ない中で、人だまりが出来ている場所があった。
静かな通りには不釣り合いなほどの人数が、男女別れて話し込んでいる。
「ここだよ」
井沢さんは顔を上げ、視線で教えてくれた。
十階くらいありそうなビル。人の群れを分け入りながら、ビルの中へ入っていく。
そこは、井沢が心酔する宗教、「我峰之神会」の支部。
こういう場合、普通はエレベーターを使うと思うけど、彼はそれに目も向けず、右横の狭いドアの方に向かっていく。
建物に入って、また外に出る。どうにも不思議だけど、そのドアからは引っ切り無しに人が出入りしていた。
見上げれば、二人擦れ違うくらいの狭くて暗い、非常階段。
みんな黙々と、蟻の列のように上り下りしている。
二階か三階だったと記憶している、その「教会」は土足厳禁。
入り口には、たくさんの靴が転がっている。
それも、脚の踏み場なんて、見つからないくらい。
事務所とか、会議室で使うようなフロアが二~三部屋くらいあって、廊下や至るところが信者で溢れていた。
正直なところ、少なからず好奇心を持ってしまったことを悔いた。
あまりの違和感と、身を置き慣れない環境に、吐き気がしそうで。
部屋の隅に座らされた私は、ほんの短い時間だけど、一人になった。
誰も知らない。
しかもここは、宗教の施設。
私の目の前にあるのは、彼らが信仰する神様なんだろう。
ここにいる人たちは、みんな信者なんだ……
背中に嫌な汗が流れる。
井沢さんが来るまで、もう少し――――もう少し我慢しなきゃ。
しばらくして戻ってきた井沢さんの手には、一枚の紙。
何かなんて聞かなくてもわかる、入信をするために、名前や住所など、個人情報を書く紙。入信届。
私はもう、素直に認めていた。
彼は、これだけが目的だったんだって。
本当は、入るつもりなんてなかった。
でも、あんなに大勢の人に囲まれてしまったら、首を横に振れない。
震える指を抑え、観念してしまった私は、記入してしまう。
この後、井沢さんが、どんなことを言ったのかは憶えていない。
狭い部屋に、人が集まってきた。
「俺がするのを真似すればいいから」
真新しい、お祈りをするためのアイテムを渡してくれる。
直後……部屋にいた十人くらいだっただろうか。
一斉に出した、低い声が重なり合った。
誰一人として、乱れるこのとない、統制のとれた祈り。
あの、ゾクリとする、なんとも言えない奇妙な雰囲気は、今でも忘れられない。
五分くらいの祈りが終わり、井沢さんは微笑みながら「入信おめでとう」満足そうに、私に声を掛けた。
本意ではなくとも、宗教に足を踏み入れた瞬間だった。




