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逢瀬は、プラットホームで。  作者: 椎名美雪
第一章
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彼が見せた陰

 駅前のマクドナルドの向かいに、古びた喫茶店がある。マクドナルド方が建物の高さがあるけど、どちらの窓からも、向かいの店内を見ることが出来た。


 マクドナルドと喫茶店の間に挟まれた道路は、夕暮れ時にはたくさんの人の波で埋められる。窓際に座れば、駅に歩いてくる人の顔まで良く見えるのだ。

 電車通勤の人は、必ずこの道を歩いてくるから、待ち合わせにもピッタリだ。

 こんな好条件を、私と淳子ちゃんが逃すはずもなく、週に2日くらいは、どちらかの店に入っていた。


 「あっ、○○さんが来たよ」

 「あの人たち、付き合ってるのかな!?」


 知った顔を見つけては、興味深げに声を上げていた。少々ストーカーっぽいが、好奇心旺盛な年頃ということで、見逃して欲しい。


 恋の話以外にも、仕事の愚痴や社内の噂話。女の子の好きそうな話題を、飽きもせず延々と喋っている。

 喫茶店のバナナジュースが、淳子ちゃんのお気に入り。彼女は、とても友達思いな子だ。というのも、井沢さんが歩いてくるのが見えると――


 「あ! 井沢さんが来たよ! 早く行こう!!」


 テーブルに残っていた物を、急いで片付ける。積極的に私を引っ張り、ドタバタと店を飛び出した。

 改札に通じる地下への階段を下りていく、井沢さんの後を慌てて追いかける。


 でも、おかしい。井沢さんの家は、自転車で帰れる場所で、会社から近いはず。自転車通勤のはずなのに、電車通勤かのように、自然な足取りで地下階段を下りていく。

 何処へ行くのだろう?

 私達はいつも、2番線の電車に乗って帰る。だから、改札を抜けると、自然と“右側”の階段を上っていく。


 (井沢さんは、どっちに行ったの? 1番線? 2番線?)


 階段を駈け上り、息を切らせて周囲を見渡す。

 上り切った場所は、プラットホームの端。2番線に入ってくる電車の、進行方向に位置していた。

 つまり、先頭車両の位置。奥まで続くホームを、目を凝らして見る。


 「あっちには、いないみたい」


 1番線ホームを見て、淳子ちゃんは呟いた。

 あれは人違い? 見間違いだった? 首を傾げながら、2番線を先の方へ歩きかけた。


 「……あれ? あそこにいるの、井沢さんじゃない?」


 彼は、屋根からはみ出たホームの先にいる。

 その姿は、人を避けるようようで、少し違和感があった。


 どちらともなく、「行こう!」と声にして、ずっと向こうにいる井沢さんに近づく。


 「井沢さん!」


 隠れんぼの相手を見つけたように、悪戯っぽく声を掛ける。

 てっきり、彼は笑ってくれるとか、驚いてくれるとか…。何かしらのリアクションがあると思っていた。

 でも、違った。

 ハッとした様子で振り向いた彼は、見たことのない、少し怖い顔をしていた。


 私達は、見てはいけないものを、見てしまったんだ……。



 来た電車に3人で乗ってからも、何処かぎこちない。淳子ちゃんは気付いていないようだが、彼の様子はおかしい。

 二駅程で淳子が降り、残された井沢さんと私には沈黙が包んだ。これまでにない、重い空気。


 「何処まで行くの?」

 「うん、ちょっとね……」


 問いかけも、適当に濁される。

 更に数駅先には、複数の路線が乗り入れている、夕霧駅というターミナル駅があった。

 停車しドアが開くと同時に、井沢さんさんが動いた。


 「――それじゃ」


 一度も笑顔を見せずに、彼は背中を向けた。遠くなる背中を見送りながらも、私の頭の中は疑問で一杯だった。パニックになりかける頭を落ち着かせたいのに、考えが上手く纏まらない。


 彼は、『それ以上、何も聞くな』というような、雰囲気を出していた。

 会社で初めて彼を見たとき、クールで、ちょっと冷たそうな人だと思った。でも、話してみれば優しくて、最初の印象なんて忘れていた。

 どうして、今、あんなに怖い顔をしたのだろう。


 (何処に行くの? 何かを隠しているの?)


 1人残された電車内。閉じたドアに凭れて、心の中で呟いていた。



 問いを適当にあしらわれたら、もうそれ以上は聞くこともできない。何となく、蒸し返したらいけない気がするから。

 しつこく聞いたら、「お前に関係ねーだろ」とか言われるのかな。

 確かに関係ないけど……。解っているけれど、どうしても気になる。だって、彼が好きだから。


 その夜のことは、彼自身、無意識だったのだと思う。

 仕事用と、それ以外のプライベートな顔、つまり〈素顔〉があるのなら、あれは井沢さんの〈素顔〉だったのだろう。

 仕事から解放されて、“オン・オフ”を切り替えていたとか。


 1人で考えたところで、答えなど見つかるはずもないのに、勝手に悩んでしまう。

 無意識のうちに、気に障ることをしてしまったのかと、不安のまま翌日も出社したけれど、会社での彼はいつも通りだった。


 優しい声で、「椎名ちゃん」と呼び、笑顔を向けてくれる。


 (気のせいだったのかな?)


 違和感を拭いきれないまま、そこにある彼の笑顔を、信じることにした。

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