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逢瀬は、プラットホームで。  作者: 椎名美雪
第一章
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君だけに

 朝礼が終わると、タイミングを見計らったように、一斉に電話が鳴り出した。逆に掛け始める人も多くて、いつも通りの賑やかな朝の風景に戻る。


 私は、さっきのドキドキが消えない胸を隠して、逃げるように自分の席に戻ってきた。

 いつものように、机に置かれた彼女宛のファックスに目を通しつつ、その日の仕事の準備を進める。

 すると、突然、右隣の空席の椅子が動いた。きちんと収まっていた椅子が、引かれたのだ。

 “なんだろう?”と、目を向けると、さっき胸をドキドキさせた張本人が、椅子を跨ぐようにして座っている。

 背凭れを胸側にして、抱えるような格好で近づいてきた。


 「……どうしたの?」


 何でもない風を装い、至って普通に聞いてみる。しかし、井沢さんはそれには答えず、上着のポケットをゴソゴソと漁りだす。

 不思議そうな眼差しで、様子を伺っていた私の目の前、机の上に、彼が手を伸ばした。


 彼の指が、何かに触れている……?

 手が離れると、それまで机には無かった物が乗っていた。


 「――えっ、これは?」


 状況が読めない。予想外の不意打ちだった。向こうから近づいてくる人影に気付いて、彼は腰を上げた。

 去り際に、微笑みながら小声で一言だけ残す。


 「それ、椎名ちゃんだけだから」


 向かいの席の営業マンが戻ってくる直前の、絶妙のタイミングだった。ホワイトボードに、サラサラと外出先を書いて、また振り向いた。


 「いってきます!」


 私の大好きな笑顔を残して、颯爽と背中を向ける。


 我に返り、机に置かれた物に視線を戻した。

 綺麗な、ガラス細工の〈クジラ〉と〈イルカ〉。向かい合わせるようにして、並べて置かれていた。


 きっと、ただの出張のお土産。でも、これまでにも何度も出かけているところだし……。


 “椎名ちゃんだけ”――さっきの言葉が、頭から離れない。誰の目にも触れさせたくなくて、慌ててそれを手の中に包んだ。胸が熱くて、想いが抑えられなくなりそうだった。


 後戻りが出来なくなるくらいに、本当に、本当に好きになってしまう。

 初めての胸の苦しさに、私は戸惑いを覚えた。



 ガラス細工を貰った事が、嘘みたいで、嬉しくて――。とても黙っているなんて出来なくて、淳子ちゃんと松井ちゃんに話した。驚かれ、内輪で大騒ぎになった。


 「えー!! なんで!?」

 「うそ! 見せて、見せて!!」


 興味津々で聞いてくる。この年頃の子は、恋の話が好きだ。「恋に恋する」感じでもあるから、それまでも何かと相談や、恋の悩みを聞いてもらっていた。


 それらを踏まえて、皆は口々に「いい感じなんじゃないの!?」と言ってくれるが、私には、どうにもそうは思えない。考え方、捉え方は、それぞれの性格で違うと思うけれど、私は自分を否定するタイプで、少なくとも自信を持ったことなどなかった。

 とにかく、傷つくのが怖い……。


 堂々と言い切るのも妙だが、私は「超」が付くくらいの、マイナス思考だ。

 まずは何事も悪い方に考えて、それで何もなければ安心するし、考えたとおりに悪い方に進んでしまったら、「ほらね」と、冷めた心で納得した。

 受けるダメージを最小限に抑えたくて、心を守るのに必死なのだ。


 井沢さんは、とても優しかった。

 お土産以外にも、小さな出来事なら幾つもある。勘違いしそうな優しさは何度もあって…。でも、それを真に受けたら自惚れになってしまうのかな。


 私は、人に好かれるような――男性から、異性として見てもらえるような魅力なんて無いと思っている。

 だから、“井沢さんが私を……”だなんて、夢のまた夢の話。皆から、どれだけ励まされようが、自分が深く傷つかないように、防御の体勢をとってしまう。


 失恋して、傷つきたくない。――そのはずが、少しずつ心が変化していく。凍りついていた気持ちが、ゆっくりと解けていくのが判った。


 井沢さんに隙あらば、私についてどう思っているか……などの探りを入れたり、2人の間に入って自然な会話にもっていく雰囲気を作ってくれたり。

 友達は、いつもたくさんのことをしてくれた。


 友達の優しさに触れ、彼女は少しの勇気を持って、自分の素直な気持ちと向き合う覚悟をした。


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