あなたに、手が届いたら
何度か二人で入っている、ターミナル駅近くの喫茶店。
これまでとはワケが違うというか、変な緊張があった。いつものように、今まで通りで……それしかないけど、それでいいのかな?って。
しばらくは、社内のこととか、普通の話で牽制しあっていた。
会話が途切れると、どうにも居づらい。とうとう、本題といえるのか、井沢さんが切り出した。
「――俺のこと、避けると思ってたよ」
タバコに火をつけて、静かに煙を吐き出す。呟くように言って、井沢さんは何処かを見つめていた。
「避けていたのは、井沢さんでしょ。私、そんな事してないのに」
「俺が!? いつ、そんなことしたんだよ」
「いつ、って……あの話を聞いてもらってから、変だったじゃん」
軽く言い合うように、言葉が往復している。
一旦、流れを止めるような間合い。
「あれは、避けてたんじゃない。考え事をしていただけだ」
「そっか。嫌われたのかと思った」
「お前を嫌う理由なんて、ないだろ? 俺は、お前が避けないことに驚いた」
「どうして、私が井沢さんを避けるの? そんなことしないよ」
ようやく笑顔を浮かべられる。心に温かさが戻ってきた。
嫌われたのでもなく、避けられたのでもなく、利用されたのでもない。そう思ったら、気持ちに素直になれるような気がした。
つられるように、彼も微笑んで、「本当に、おもしろいヤツだな」私の大好きな、目じりを下げた穏やかな笑み。
犬とか猫とか、動物を見るような眼差しで、私を眺めている。
そのままの眼差しで、彼が言った。
「俺、迷惑だとは思っていないから」
「…………?」
「駅で待たれるの、嫌じゃないっていう意味」
(嫌じゃ、ない?)
頭の中で、もう一度繰り返す。意味を理解して、頬が熱くなってきた。恥ずかしさ紛れに、つい軽口を叩きたくなるけど、我慢。
「そんなこと言ったら、井沢さんが出かける日、いつも待っちゃうよ?」
「いいよ」
「!?」
「ずっと詰めっきりだから、毎日通ってるけど」
「そうなんだ。相変わらず、忙しいんだね」
「うん。――で、毎日待てる?」
からかってる?
楽しんでる??
ああ。私、どうしようもないバカだ。彼から“待ち伏せ”の許可が下りて、すごく喜んでる。
「待っていて欲しいなら、待っていてあげる」
自分に自信なんて無いのに、一度でいいから、頷いて欲しいとか思ってる。
井沢さんは、一度頷く。
「うん。明日も待っていて」
悔しいくらいに、完璧な笑顔を向けてくれた。




