第4話 もう一回撃ってみよう
数日後。
エリーセは工房の机に瓶を並べていた。
薬草を煮出したもの。
傷薬。
解熱薬。
眠りを浅くする薬。
逆に、よく眠れる薬。
どれも小屋で作ったものだった。
「これで全部ね」
瓶を布で包み、木箱へ詰める。
生活用品もそろそろ減ってきていた。
塩。
油。
蝋燭。
保存食。
あと……綿。
街へ行くにはちょうどいい。
エリーセは箱の蓋を閉じた。
その横にサメちゃんが座っている。
「今日は街に行くわよ」
サメちゃんが頷いた。
「前みたいに歩かせると日が暮れるから」
サメちゃんの両ヒレがぴくりと動く。
「最初から抱えていくわ」
首を傾げた。
「嫌なの?」
両ヒレを合わせる。
すりすり。
「……それは何?」
相変わらず分からない。
その時、玄関が乱暴に叩かれた。
どんどんどん。
「エリーセー!」
聞き覚えのある声にエリーセは目を細める。
「……朝から元気ね」
扉を開ける。
「よう! 遊びに来てやったぜ!」
オレンジリボンの大きな魔女帽。
肩までの黒髪に青い瞳。
アニカが片手を上げて立っていた。
「遊びに来るなら、せめて事前に知らせて」
「そんなことしたら面白くねーだろ」
「何が面白いのよ」
アニカが笑いながら中へ入る。
そして止まった。
「…………」
サメちゃんと目が合った。
「何だ、それ」
「使い魔」
「…………」
アニカがエリーセを見る。
サメちゃんを見る。
もう一度エリーセを見る。
「使い魔?」
「そう」
「それが?」
「そう」
サメちゃんが片方のヒレを上げた。
アニカに向かって。
「…………」
「挨拶してるみたい」
次の瞬間。
アニカが腹を抱えた。
「はははははっ!」
「笑わないで」
「いや無理だろ!」
アニカは机に手をついて笑い続ける。
「お前、あの地下遺跡でずっと研究してたよな!? それで出てきたのがこれか!?」
サメちゃんが両ヒレをぱたぱたさせる。
「何か言ってるぞ」
「だいたい分からないわ」
「はははっ! やっぱり何言ってるかわかんねーな、こいつ!」
サメちゃんが首を傾げる。
アニカはさらに笑った。
エリーセはため息をついた。
「今日は街へ行く予定なの」
「じゃああたしも行く」
「遊びに来たんじゃなかったの?」
「街で遊べば同じだろ」
「そういう問題?」
「そういう問題」
アニカは当然のように答えた。
エリーセは少し考え…諦めた。
「……好きにして」
森を抜け草原へ出る。
今日はよく晴れていた。
エリーセは薬の入った木箱を魔法で浮かせている。
片腕にはサメちゃん。
その横をアニカが歩く。
「で?」
「何?」
「こいつ強いのか?」
アニカがサメちゃんを指差した。
「……強いわ」
「その間は何だ」
「強いのだけれど」
エリーセが少し言葉を選ぶ。
「加減ができないみたい」
「ふーん」
アニカがサメちゃんを見る。
「お前、強いのか?」
サメちゃんが頷いた。
「おお。これは分かりやすい」
「たまにね」
「何使う?」
「たぶん水系統」
「たぶん?」
「撃った後、綿がなくなる」
アニカが歩みを止めた。
「は?」
「しぼむの」
「…………」
アニカがサメちゃんを見る。
「お前、魔力じゃなくて綿使ってんの?」
サメちゃんが首を傾げた。
「ははっ、意味分かんねえ!」
アニカは楽しそうだった。
しばらく歩く。
やがて草むらの向こうから低いうなり声がする。
アニカが横を見る。
エリーセも止まる。
獣型の魔物。
一体…その後ろにもさらに数体。
「ちょうどいいな」
アニカが笑った。
「何が?」
「見せてもらおうぜ」
エリーセの腕の中で、サメちゃんが魔物の方を見る。
「……そうね」
エリーセはサメちゃんを地面へ下ろした。
「サメちゃん」
サメちゃんが振り返る。
「やって」
頷く。
アニカが一歩下がった。
「おい、待て」
「何?」
「前に撃ったら綿なくなったんだろ?」
「ええ」
「大丈夫なのか?」
エリーセは荷物を軽く叩いた。
「綿なら持ってきたわ」
「使い魔連れて歩く装備じゃねえだろ、それ」
サメちゃんの頭上に魔法陣が開いた。
アニカの笑みが止まる。
「……お?」
二つ。
三つ。
さらに増える。
「おい」
魔力が膨張する。
草原の花が風圧で伏せる。
アニカの帽子が飛びそうになった。
「待て待て待て!」
エリーセは一歩下がる。
「来るわよ」
「何が!?」
サメちゃんの口が輝いた。
――光。
轟音。
青白い奔流が草原を突き抜ける。
魔物の群れが一瞬で消える。
その先の草まで一直線に吹き飛んだ。
静寂。
煙。
エリーセの髪がゆっくり落ちる。
アニカは口を開けたまま立っていた。
「…………」
サメちゃんが少し揺れる。
体の丸みがわずかに減った。
ヒレも少し垂れている。
だが、倒れない。
「……あら?」
エリーセが近づく。
サメちゃんは普通にこちらを向いた。
「サメちゃん?」
片方のヒレが上がる。
エリーセは抱き上げた。
以前より少し柔らかい。
だが、あの時のように中身が空になってはいない。
「……前と違う」
「何が?」
アニカも覗き込む。
「この前は完全に萎んだの」
「今も若干へこんでるぞ」
「でも動いてる」
サメちゃんの横腹を軽く押す。
へこむ。
少し待つ。
エリーセがもう一度押した。
「…………?」
さっきよりわずかに張りが戻っている。
「アニカ」
「ん?」
「見て」
押す。
「何を?」
「戻ってる」
「何が?」
「綿」
「は?」
二人でサメちゃんを見る。
サメちゃんが首を傾げた。
少し待つ。
丸みがまた戻る。
アニカの口元が引きつった。
「…………は」
そして。
「ははははははっ!」
草原に大笑いが響いた。
「何だこいつ! 綿まで勝手に戻んのかよ!」
「私に聞かないで」
「お前の使い魔だろ!」
「私だって意味が分からないわよ」
「最高だな!」
サメちゃんが両ヒレをぱたぱたさせた。
アニカはさらに笑った。
「はははっ! やっぱり何言ってるかわかんねーな、こいつ!」
エリーセはしばらくサメちゃんを観察した。
もうほとんど元の丸さに戻っている。
持ってきた綿袋を見て……それからサメちゃんを見る。
「……まあ」
綿袋を荷物へ戻した。
「使わないで済むなら、その方がいいわね」
サメちゃんが頷いた。




