第3話 戦わせてみよう
エリーセはため息をついた。
「せっかく気分がよかったのに」
杖を出そうとして……止まる。
腕の中のサメちゃんを見る。
「そういえば」
使い魔なのだ。
どの程度戦えるのか、まだ試していない。
エリーセはサメちゃんを地面へ下ろした。
「サメちゃん」
サメちゃんがこちらを見る。
エリーセはゴブリンを指差した。
「やってみて」
サメちゃんが首を傾げた。
「攻撃」
こくり。
エリーセは少し離れる。
「危なかったら私が――」
サメちゃんの頭上に魔法陣が現れた。
一つ。
「……え?」
二つ。
三つ。
四つ。
青い魔力が急激に膨れ上がる。
エリーセの髪が風に煽られる。
「ちょっと」
さらに増える。
五つ。
十。
二十。
「サメちゃん?」
ゴブリンたちも動きを止めた。
サメちゃんの口が輝く。
青白い光が収束する。
エリーセの目が大きく開いた。
「待っ――」
光が放たれた。
轟音。
地面が揺れる。
草が吹き飛ぶ。
帽子を必死に押さえる。
視界が青に染まった。
巨大な光線がゴブリンの群れを飲み込み、その向こうまで一直線に駆け抜ける。
数秒。
静寂。
煙。
焦げた草。
ゴブリンはいなくなっていた。
エリーセは立ち尽くしていた。
「…………」
風が吹く。
「…………何、今の」
返事はない。
エリーセがサメちゃんを見る。
サメちゃんの体がしぼんでいた。
「…………え?」
ぺしゃり。
地面へ倒れる。
「サメちゃん?」
エリーセが駆け寄る。
持ち上げる。
軽い。
あまりにも軽い。
触るとほとんど中身がない。
「サメちゃん」
ヒレは動かない。
「ちょっと」
揺らす。
何もない。
「ねえ」
声が震える。
「起きて」
反応なし。
「サメちゃん!」
エリーセはしぼんだ体を抱き締めた。
そして。
走った。
工房の机の上。
エリーセはサメちゃんを寝かせていた。
何をすればいいのか分からない。
治癒魔法。
違う。
薬。
違う。
回復術。
違う。
「ぬいぐるみ……」
手が震える。
「そうよ」
ぬいぐるみだ。
なら。
中身は。
エリーセは棚を開ける。
布。
糸。
そして。
綿。
「これ……?」
サメちゃんの縫い目を探す。
小さく開く。
中を見る。
空っぽに近い。
「……嘘でしょう」
涙が一滴机へ落ちた。
エリーセは慌てて拭う。
「泣いてる場合じゃないわ」
綿を取る。
少しずつサメちゃんの中へ詰める。
「これでいいの?」
返事はない。
「分からないわよ……」
また詰める。
手が震える。
「こんなの……」
綿を押し込む。
「魔女に分かるわけないでしょう……」
涙が止まらなくなった。
それでも。
手は止めなかった。
形を整える。
縫い目を閉じ最後の糸を切る。
「お願い」
エリーセは両手でサメちゃんを包んだ。
「これで……」
しばらく何も起きない。
「…………」
エリーセは俯いた。
その時。
ぱた。
ヒレが動いた。
エリーセが顔を上げる。
ぱた。
もう一度。
「……サメちゃん?」
こくり。
エリーセの顔が崩れた。
「……っ」
持ち上げる。
抱き締める。
「よかった……!」
強く。
けれど壊れないように。
「本当に……」
サメちゃんが片方のヒレを上げる。
エリーセは泣きながら笑った。
「何よ、それ……」
その夜。
エリーセはベッドに横になっていた。
腕の中にはサメちゃん。
朝よりも。
昨夜よりも。
ずっと強く抱いている。
「もう、あんな無茶しないで」
サメちゃんが首を傾げる。
「分かってないでしょう」
こくり。
「……分かってるの?」
首を傾げる。
エリーセは少し笑った。
そして、サメちゃんの頭に頬を寄せた。
「まあ、いいわ」
目を閉じる。
「今日はもう寝ましょう」
部屋が静かになる。
やがてエリーセの呼吸がゆっくりになる。
サメちゃんはしばらく動かなかった。
それから片方のヒレを少しだけ持ち上げた。
エリーセの腕に触れる。
そのまま静かな夜は過ぎて行った。




