第2話 出掛けてみよう
翌朝。
エリーセが目を覚ますと、サメちゃんはまだ腕の中にいた。
「……いた」
自分で言ってから、妙なことを言ったと思った。
いなくなる理由などない。
サメちゃんが首を傾げる。
「何でもないわ」
エリーセは起き上がった。
朝食まで少し時間がある。
ベッドの上でサメちゃんのヒレを持つ。
右。
左。
ぱたぱた。
「こうしていると普通のぬいぐるみね」
サメちゃんがヒレを引っ込めた。
「あら」
もう一度掴もうとすると。
反対側のヒレを上げる。
エリーセも手を上げる。
ぺち。
軽く合わせた。
「……これ、楽しい?」
こくり。
「そう」
もう一度。
ぺち。
エリーセの口元が緩んだ。
朝食。
テーブルに皿を置く、椅子にはサメちゃんが大人しく座っている。
ぬいぐるみでおままごとしているみたいだと自嘲気味に考える。
ふと疑問に思った。
「あなたは…何か食べれらるの?」
サメちゃんは首を傾げる。
口の中を覗き込む。
すぐに行き止まり。
「…まあ、当然よね」
やはりただのぬいぐるみだった。
着替え。
サメちゃんをベッドに座らせ、エリーセはいつもの胸元が開いた翡翠色のブラウスを纏い、腰までスリットの入った黒スカートの腰を締める。
魔女たるもの誰も見てなくてもオシャレではいたいものだ。
黒の外套を羽織り、杖を持った。
尖った魔女帽子を被り振り向く。
「どう?」
サメちゃんは両ヒレをぽふぽふぽふと拍手するように合わせる。
「ありがと」
ちょっと笑ってしまった。
荷物の確認。
今日は森の外まで探索に出る予定だった。
サメちゃんを見る。
「あなた、使い魔なのよね」
こくり。
「だったら付いてきなさい」
サメちゃんは片方のヒレを上げた。
エリーセは玄関を開ける。
「行くわよ」
森の道を歩く。
鳥の声。
木漏れ日。
足元の草。
しばらくしてエリーセは妙なことに気付いた。
静かすぎる。
後ろを振り返った。
いない。
「……サメちゃん?」
……少し待つ。
遠く。
木々の間に青いものが見えた。
サメちゃんだった。
尾びれを使って。
ぺた。
ぺた。
ぺた。
一生懸命こちらへ歩いている。
……遅い。
とても……遅い。
エリーセは目を瞬いた。
「…………」
ぺた。
ぺた。
まだ遠い。
「そうよね」
サメなのだ。
しかもぬいぐるみ。
人間のように歩けるわけではない。
エリーセはその場にしゃがんだ。
待つ。
ぺた。
ぺた。
ようやく追いついた。
サメちゃんがエリーセを見上げる。
表情はない。
ただ、両ヒレがお腹の前で申し訳なさそうにたたまれている。
「疲れた?」
首を傾げる。
「遅れてごめんなさい?」
両ヒレを合わせて、すりすり。
「……何それ」
分からない。
だが何となく放っておけなかった。
「仕方ないわね」
エリーセはサメちゃんを持ち上げる。
小脇に抱える。
「これなら速いでしょう」
サメちゃんがヒレを上げた。
「はいはい」
そのまま歩き出した。
森を抜ける。
視界が一気に開けた。
草原。
遠くの山。
季節の花が一面に咲いていた。
エリーセは足を止める。
「……綺麗」
杖が邪魔だった。
軽く指を動かす。
杖が青い光となって消える。
収納魔法。
両手が空いた。
エリーセはサメちゃんを抱き直した。
胸の前で、ぬいぐるみを抱くように。
ぬいぐるみだけど。
「たまには、こういうのも悪くないわね」
サメちゃんが片方のヒレを振った。
風が花を揺らす。
エリーセはしばらく景色を眺めながら歩いた。
だから、正面に何かが現れるまで気付かなかった。
「……あら」
道を塞ぐ影。
一体。
二体。
さらに増える。
ゴブリン十数体。
粗末な武器を持ち、こちらを囲み始めていた。




