第14話 1週目の終わり
路地裏。
雨上がりの夜。
木箱。
泥。
ごみ。
その中へ、何かが投げ込まれた。
青いぬいぐるみ。
腹と背中に大きな穴。
綿はほとんど残っていない。
サメちゃんは動かなかった。
……そのまま夜が過ぎる。
朝。
昼。
夕方。
また夜。
ようやく、ヒレが僅かに動いた。
視界の端に文字が浮かぶ。
『 HP:3 / 73
MP綿:2 / 46
綿補充(小) 』
数字が少しずつ増えていく。
2。
3。
4。
サメちゃんは体を起こした。
ぺしゃんこ。
穴。
泥。
汚れ。
一歩。
よた。
もう一歩。
よた。
路地を出る。
街の中心へ向かうにつれて、人が増えていた。
鐘の音。
兵士。
神官。
群衆。
誰も足元のサメちゃんには気づかない。
人々の間を抜ける。
ぺた。
ぺた。
ぺた。
やがて、広場へ出た。
木製の台。
柱。
磔。
黒い髪、青い瞳……エリーセ。
サメちゃんが止まる。
周囲では声が飛んでいる。
「異端の魔女!」
「ソヴェリア神に背いた者!」
「魔族に連なる者!」
神官が長い説教を続けている。
エリーセは何も言わない。
ただ、顔を上げていた。
鐘が鳴る。
兵士が動く。
群衆が静まる。
そして。
――処刑。
サメちゃんは、その場に立ったまま動かなかった。
しばらくして。
向きを変える。
来た道を戻る。
ぺた。
ぺた。
ぺた。
路地裏。
同じ場所。
サメちゃんは、そこで倒れた。
何日か過ぎた。
雨。
風。
埃。
青い布は黒ずみ、縫い目も少しずつ解れ始めている。
補充された綿は、腹の穴からまた少しずつ零れていく。
夜、遠くで怒声が上がった。
「いたぞ!」
「逃がすな!」
「吸血鬼だ!」
走る音。
一人の女が路地へ飛び込んでくる。
紫がかった髪。
赤い瞳。
黒と深紅の衣装。
ロナ。
肩、腕、脇腹。
何か所も負傷していた。
片手には、赤く輝く宝珠。
暗い路地の壁が、その光に照らされる。
「……本当にしつこいですわね」
遠くから騎士の声。
「宝玉を取り戻せ!」
「この辺りだ!」
ロナは辺りを見回す。
木箱。
袋。
樽。
――サメのぬいぐるみ。
少しだけ動きを止めしゃがむ。
汚れたぬいぐるみの頭を、指先で撫でる。
「ごめんなさいね…」
サメちゃんの腹に空いた穴。
そこへ赤い宝玉を押し込む。
綿の奥まで、布を寄せる。
「少しだけ、借りますわ」
ロナは立ち上がり、路地の奥へ走り去った。
しばらく何も起きない。
……サメちゃんの腹が赤く光った。
一度。
二度。
視界に文字が浮かぶ。
『 UNKNOWN ITEM DETECTED 』
赤い魔力が綿へ染み込んでいく。
MP綿:7 / 46
数字が跳ねる。
MP綿:46 / 46
さらに。
MP綿:87 / 46
MP綿:214 / 46
MP綿:591 / 46
画面が乱れる。
『 LIMIT ERROR 』
赤い魔力が、サメちゃんの体から溢れ出した。
しぼんでいた布が持ち上がる。
穴の開いた解れた身体を中の綿が無理やり形を取り戻していく。
サメちゃんは立ち上がった。
そして、ロナが消えた方向へ歩き始めた。
大通りの石畳。
流れる血。
途中で倒れた騎士。
その先で、聖騎士団が何かを囲んでいる。
ロナは壁にもたれ、血を流している。
一人の騎士が剣を振る。
ロナの体が崩れた。
……動かなくなる。
「……何だ?」
一人の騎士がこちらに気づいた。
路地から、サメちゃんが出てくる。
身体からは赤い魔力。
「魔物か?」
剣が向けられる。
サメちゃんはロナの方を向いた。
そのまま、動かない。
騎士たちが警戒する。
サメちゃんを包んでいた赤い魔力が、ゆっくりと青へ変わっていく。
頭上に一つ、また一つと魔法陣が開いた。
五つ。
十。
さらに増える。
騎士たちが一斉に身構えた。
「構えろ!」
魔法陣は空間を埋めるほどに増えていく。
「撃て!」
矢と魔法。
剣を構えた騎士たちが駆ける。
サメちゃんの口が輝いた。
青白い光が収束する。
次の瞬間、大通りが光に飲まれた。
轟音。
騎士たち。
その背後の建物。
壁。
塔。
すべてが一本の閃光の中へ消え…静かになった。
視界に文字が浮かぶ。
『 LV UP! 』
すぐに、また。
『 LV UP! 』
遠くで警鐘が鳴り始めた。
「襲撃!」
「魔物だ!」
「聖騎士団を集めろ!」
次の通りから兵士たちが現れる。
サメちゃんは瓦礫の間を進み、騎士の群れを見つけるたびに足を止めた。
そのたびに、青い光とが灯り魔法陣が展開される。
青白い閃光。
爆発。
崩れる建物。
吹き飛ぶ石畳。
『 LV UP! 』
また別の通り。
神官。
魔術師。
兵士。
魔法陣。
光。
『 LV UP! 』
石造りの家が崩れ落ちる。
塔が折れる。
街路が焼ける。
火が広がる。
……サメちゃんは進む。
敵が現れる。
止まる。
魔法陣が開く。
撃つ。
…また進む。
『 LV UP! 』
さらに。
『 LV UP! 』
さらに。
『 LV UP! 』
視界の端で、数字が次々に書き換わっていく。
HP。
MP綿。
レベル。
スキル。
初級水魔法
↓
中級水魔法
↓
上級水魔法
そして。
『 新スキル獲得! 』
その直後。
街の上空を魔法陣と巨大な青い閃光がいくつも横切った。
城壁の一部が、音を立てて崩れ落ちた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
初作品なので感想など教えてもらえると、とても励みになります。




