第13話 返して
地下牢。
湿った石壁。
鉄格子。
薄暗い灯り。
エリーセは壁際に座っていた。
手首には魔封じの枷。
服は泥と埃で汚れ、長い黒髪も乱れている。
腕の中には、サメちゃん。
やはり動かない。
看守が廊下を歩いていく。
一人。
二人。
足音が遠ざかる。
エリーセはそれを確認してから、サメちゃんの頭を撫でた。
「……ごめんね」
返事はない。
「怖いでしょう」
しばらく黙る。
「私も」
そこで言葉が止まった。
エリーセは顔を伏せ、深く息を吸う。
もう一度、息を吐く。
それから無理に笑った。
「ここから出たら」
指先で、サメちゃんの頬についた汚れを拭う。
「ちゃんと洗ってあげる」
今度は腹のあたりを撫でる。
「綿も入れ直して」
少し笑う。
「ふかふかにしてあげるから」
サメちゃんは動かない。
エリーセは額をその頭へ寄せた。
しばらくして。
ヒレがほんの少し動いた。
ぽん。
エリーセの腕に触れる。
「……サメちゃん?」
もう一度。
ぽん。
エリーセの目に涙が溜まる。
それでも笑った。
「大丈夫」
今度はエリーセがサメちゃんの頭を撫でる。
「大丈夫よ」
夜。
牢の前に看守はいなかった。
代わりに、一人の兵士が来た。
足元が少しふらついている。
酒の匂い。
兵士は鍵を取り出し、格子を開けた。
エリーセが顔を上げる。
「何」
兵士は中へ入る。
「明日には死ぬんだろ?」
エリーセの目が細くなった。
「出て行きなさい」
「今さら何を気取ってる」
一歩。
さらに近づく。
エリーセは壁際まで下がった。
「触らないで」
兵士が笑い、手を伸ばす。
エリーセはその手を払った。
「やめなさい!」
腕を掴まれる。
魔封じの枷がある。
魔法は使えない。
エリーセが抵抗する。
その時だった。
足元に青い光が灯った。
兵士が振り返る。
サメちゃんの口元に小さな水球ができている。
水球が飛んだ。
兵士の顔へ直撃する。
「ぐっ!」
よろめく。
サメちゃんが立っていた。
兵士の顔が怒りで変わる。
「……てめえ」
剣を抜く。
エリーセが叫ぶ。
「やめて!」
剣先がサメちゃんの腹を貫いた。
布が裂ける。
綿が飛び出す。
刃先は背中から出た。
「サメちゃん!」
兵士が剣を引き抜く。
白い綿が床へ散る。
サメちゃんは倒れた。
同時に、騒ぎを聞きつけた看守たちが戻ってくる。
「何をしている!」
兵士が振り向く。
「違う!」
「牢内への私的侵入は禁止されている!」
「そいつだ!」
兵士は床を指差した。
「そいつは使い魔だ!」
看守が見る。
そこにあるのは、穴の開いた薄汚れたサメのぬいぐるみ。
中から綿が出ている。
「何言ってる」
「本当だ!」
兵士は取り押さえられる。
「動いたんだ! 魔法を撃った!」
「連れて行け」
「待て! 本当に――」
声が遠ざかっていく。
別の看守が床のサメちゃんを拾った。
軽い。
中身も少ない。
「何だ、これ」
エリーセが格子へ駆け寄る。
「待って」
看守が振り返る。
「それ」
エリーセが手を伸ばす。
「返して」
「ただのぬいぐるみだろ」
「返して」
声が震える。
看守は首を振る。
扉を閉じる。
「お願い!」
鍵がかかる。
看守は歩き出す。
「それだけは!」
遠ざかる。
「返して!!」
声だけが、地下牢に残った。




