↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/14

第12話 異端

朝。

森の小屋には、いつもと変わらない静けさがあった。

窓から差し込む光が床を細く照らし、机の上には薬瓶と乾燥させた薬草、読みかけの本が並んでいる。エリーセは椅子に座り、昨日から続けている薬の配合を書き留めていた。

その後ろでは、サメちゃんがベッドの上に座っている。


しばらくすると、両ヒレを合わせてすりすりと動かし始めた。


「……何?」

エリーセが振り返る。

サメちゃんは片方のヒレを上げた。


「遊びたいの?」

首を傾げる。


「違う?」

また首を傾げる。


「お腹が空いた……はずはないわよね」

返事の代わりに、今度は両ヒレが小さく動いた。


エリーセはしばらく考えたあと、諦めたように笑った。

「やっぱり分からないわ」


椅子を立ち、ベッドへ近づく。サメちゃんの両脇へ手を入れ、そのまま抱き上げた。

「少し休憩しましょうか」


胸元へ引き寄せた、その時だった。

外で何かが倒れる音がした。


エリーセの表情が変わる。

すぐにサメちゃんをベッドへ戻し、壁際に置いていた杖を取った。


「ここにいて」

玄関へ向かい、扉を開く。

そして足を止めた。

「……アニカ?」


小屋の前に人が倒れていた。

黒髪は泥と血で汚れ、服は何か所も裂けている。帽子もなく、肩からはまだ血が流れていた。


「アニカ!」

エリーセは駆け寄り、倒れていた体を起こした。


アニカがゆっくり顔を上げる。

「……よう」

「何があったの」

「街から……追われた」


呼吸が荒い。

エリーセが肩を支えたまま問う。

「誰に?」


答えが返るより先に、森の中から金属音がした。

右。

左。

正面。

そして背後。

木々の隙間から、銀色の鎧が次々と姿を現す。

聖騎士団だった。


十人、二十人。

さらにその奥にもいる。

小屋は完全に包囲されていた。


アニカが力なく笑う。

「……遅かったみてえだな」


エリーセは立ち上がり、杖を構えた。


騎士たちの中から一人が前へ出る。

「魔女エリーセ・ナットヴィンド」

「何の用?」

「ソヴェリア神の名において、お前を拘束する」


エリーセの目が細くなる。

「何の罪で?」

「異端」

「それは罪名ではないわ」

「人々を欺き、邪法を広めた」

「薬を売ったこと?」


騎士の顔が険しくなった。

「黙れ」


後ろでアニカが笑う。

「便利だな、その言葉」


騎士たちが一斉に剣を抜く。


アニカも無理に立ち上がり、片手へ紫の魔力を集めた。


エリーセは一度だけ、小屋を見る。

窓の向こう。

黒い丸い目。

サメちゃんがこちらを見ていた。

エリーセは小さく首を振った。


それから、戦いが始まった。




森の静けさは数秒で消えた。

魔法が木々を裂き、剣が火花を散らし、地面が爆ぜる。


エリーセは正面から迫る剣を氷で止め、そのまま騎士の足元を凍らせた。横から飛んできた炎を杖で散らし、さらに後方から放たれた拘束術を打ち消す。


アニカも傷だらけの体で戦っていた。

紫の魔力をまとわせた一撃で騎士を吹き飛ばし、次の一人を蹴り倒す。


だが、数が多い。

聖騎士だけではない。

神官。

魔術師。

後方支援の兵士。

次々に増えてくる。


アニカの動きが鈍る。

すでに限界に近い。

一人を倒した直後、横から盾が叩きつけられた。


「ぐっ……!」

アニカが地面へ倒れる。


「アニカ!」

エリーセがそちらを向く。


その一瞬。

光の鎖が飛んだ。

腕。

杖を持つ手。

足。

次々に絡みつき、魔封じの術式が展開される。


「離しなさい!」

エリーセは無理に引きちぎろうとしたが、鎖はさらに締まった。


膝をつく。

杖が落ちる。

アニカも数人がかりで地面へ押さえ込まれていた。


その時、小屋の窓に、青い光が灯った。

サメちゃんの頭上に、小さな魔法陣が現れている。

エリーセの顔色が変わった。


「駄目!」

サメちゃんが止まる。


「サメちゃん!」

エリーセは叫んだ。


「今は何もしないで!」

魔法陣が揺れる。


「お願い!」

数秒。

やがて、青い光は少しずつ消えていった。

サメちゃんは動かなかった。


騎士の一人が小屋へ入る。

中を荒らす音。

棚。

机。

床。

しばらくして、その兵士が戻ってきた。

片手にはサメちゃんがいる。


「何だこれは」

兵士が持ち上げる。


サメちゃんは完全に動きを止めていた。

「使い魔か?」


別の騎士が見る。

「ただのぬいぐるみだろ」


エリーセが息を整える。

「……そうよ」


騎士がこちらを見る。

「ただのぬいぐるみ」


少しの間。

兵士はサメちゃんを眺めた。

やがて興味を失ったように、荷物の上へ放り投げる。


サメちゃんは、そのまま動かなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。