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第八話

 ジンガは周囲を見回し、折れた枝や枯れ葉をかき集めた。掌に土の湿り気が張りつき、爪の隙間はすぐに黒く染まった。かき寄せた落ち葉はまだ湿気を含み、触れるとじっとりと重い。だが、これ以外に燃やせるものはなかった。


 尖った石を拾い上げる。呼吸を整え、石同士を叩き合わせた。ぱちり、と乾いた火花が飛ぶ。しかしすぐに消える。落ち葉には何の変化もなかった。角度を変え、力を強め、何度も叩いた。飛び散った石片が頬に当たり、ひやりと冷たさを残す。


(……こんなに難しいのかよ)


 顎から垂れた汗が落ち葉に吸い込まれ、黒い点を残した。両手のひらは石の角で擦れて赤くなり、じんじんと熱を帯びる。力を込めすぎて手首まで痺れが走った。


 それでも、辛抱強く叩き続ける。やがて、落ち葉の端がかすかに煙を吐いた。ジンガは身を乗り出し、息を吹きかける。だが勢いが強すぎた。白い煙が立っただけで、赤くなりかけた火種は一瞬で消えてしまった。


「……くそっ」


 低い声が漏れる。歯を食いしばり、再び石を叩き合わせる。火花は出る。だが火はつかない。息を細く長く吹いてみる。弱すぎれば何も起こらず、また煙だけが散った。


(強すぎてもダメ、弱すぎてもダメ……どうすりゃいいんだ)


 繰り返すほどに指先は痛み、肩は上下に大きく揺れる。胸の鼓動が早くなり、焦燥で呼吸が浅くなる。背筋を汗が伝い、衣服にじっとりと貼りついた。


(……いや、待て。魔術とか使えるんじゃ……)


 少なくともゲームでは使えた。今の自分は、そのときのアバターと同じ姿をしている――なら、あるいは。


 ジンガは手をかざし、短く呟いた。


「《フレイム》」


 指先が熱を帯び、ぱち、と赤い火花が散った。それは瞬く間に膨らみ、小さな炎となって揺らめいた。


「……マジかよ。ほんとに……火が出た……」


 ジンガの目が大きく見開かれた。魔術が――現実に発動した。


 その炎が枯れ葉の束に触れ、乾いた音とともに煙を吐き、やがて炎が広がっていった。


 胸を震わせた驚愕は、燃え移る炎を目にしたことでゆっくりと確信へ変わっていく。

 驚きに息を呑みながらも、胸の奥にはじわりと安堵が広がっていった。炎が揺らめく光を放ち、周囲の影を押しのけていった。


 炎が安定すると、ジンガの視線は自然と猪の死骸に向いた。裂けた腹から覗く肉はまだ湯気を立て、血が土を黒く染めていた。匂いは煙と混じり合い、吐き気を誘うように濃く漂っている。


 喉の奥がきしみ、思わず目を逸らした。だが、腹は空腹を訴え続けている。


(……やるしか、ないよな)


 ジンガは震える指で枝を拾い、刃代わりに尖った石を握った。死骸に手を伸ばすと、生温かい血が指にまとわりつく。思わず息を呑み、背筋に冷たい震えが走った。


 それでも、裂け目から肉を切り取ろうと石を押し当てる。繊維がぐにりと抵抗し、押し込むたびにぬるりとした感触が手に広がる。血が滴り、地面に濃い染みを作った。


(……うわ、重い……)


 顔をしかめながらも、どうにか肉片を引き剥がした。枝に突き刺し、焚き火へとかざす。


 炎が肉を舐め、じゅっと音を立てた。脂が弾け、白い煙が立ちのぼる。匂いは生臭さと香ばしさが入り混じり、喉を鳴らすように腹が反応した。


 焼けていく表面がこんがりと色づき、脂が滴り落ちる。煙が目に染みて涙が滲む。ジンガは腕をかざしながら、肉をゆっくり回した。


(……食える、のか? これ……)


 焦げ目に歯を立てると、熱で舌が痺れ、獣の強い匂いが鼻を突いた。だが噛みしめれば、じわりと肉汁が広がり、思いがけず旨味が舌に残った。


(……食べられる、のか……)


 血の匂いは消えない。噛むたびに生臭さが喉を抜ける。それでも、一口ごとに体の芯へ力が沁みこんでいくのをはっきり感じた。


 枝に刺した肉を食べ終え、ジンガは焚き火の前に身を落とした。腹の空白はようやく埋まったが、胸の奥にはまだ重さが残っている。

 焚き火の赤が血痕を照らし、煙はゆらゆらと夜気に溶けていった。


(……命をもらう、か)


 これまでだって肉も野菜も口にしてきた。どれも命に変わりはない。

 ただ、自分の手で狩り、切り取り、火にかけ、噛みしめた今、その事実は想像以上に重かった。


 口の奥に残る香ばしさと鉄の匂いが、「生きるために命を受け取った」という感覚を否応なく突きつける。胸がじんわりときしんだ。


 掌を見つめる。篭手に残る血は、軽く拭う程度では落ちず、火の光を受けて鈍く光った。焚き火のはぜる音だけが、静かな空間を満たしていた。



 ――静寂を裂いたのは、甲高い衝突音だった。

 金属と金属が激しくぶつかり合う響きが木立を揺らし、すぐに怒号が重なって森全体を震わせる。


 ジンガは息を呑み、焚き火から顔を上げた。遠いが、確かに人の声だ。


(……人の声。じゃあ、ここには俺以外にも……)


 安堵しかけていた心は一瞬で引き締まり、全身を緊張が駆け抜ける。


(行って……みるか)


 目の前に転がる猪と、先ほど倒した狼たちに目を向ける。


(前までは、ドロップ品とかを仕舞うことができたけど……)


 ウィンドウを開いて、《所持品》に視線を向けると、パネルに並んだ項目が変化する。

 その上部には《回収》と書かれた項目が並んでいた。グレーアウトはしていないから、機能自体は残っていそうだった。


 《回収》に視線を向けると、前方にあった猪の骸の姿は消えた。

 《所持品》の枠には《獣の死骸》と表記されていた。


(使うことはできるらしい。……良かった)


 そのまま、傍に転がっている狼たちも仕舞って、ジンガは焚き火の光が届かない先を見据えた。


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