第二十一話
格子の扉を開け、地下水路に足を踏み入れる。
「《フレイム》」
低く呟いた声に応じて、ジンガの掌に小さな炎が灯った。
赤橙の光が湿った石壁を揺らし、苔に覆われた通路が闇の奥から浮かび上がる。
水音は絶え間なく響き、一定の間隔で滴る雫が水面を打つ。
冷気が頬を撫で、背後から差し込む陽光はすぐに届かなくなった。
湿った空気に石と水の匂いが混じり、肌にまとわりつく。
「……やはり暗いですね」
隣を歩くエリシアが、小さな声で呟く。
銀の髪飾りが炎の光を反射し、かすかにきらめいた。
ジンガは頷き、火球を掲げて通路の先を照らす。
石造りの道はまっすぐ続いているが、奥へ進むほど影は濃くなり、光さえも呑み込んでいく。
「このあとは?」
「場所は伺っていますので、このままご案内します」
「……さすがだな」
年若いはずの少女が、生まれついての貴族のように振る舞う。
その背に映る気丈さは、ジンガの目に頼もしく映った。
「褒めても何も出ませんよ?」
くすりと笑った頬を、小さな火球の光がやわらかに揺らす。
ふたりの歩みは静かだった。
響くのは水滴と流れのざわめき、そして――ひとつきりの足音。
「やはり……その足元のお召し物、特殊な装備ですよね?」
エリシアは半歩後ろから見上げる。
「この街には、こういう装備はないのか?」
ジンガにとって《静寂の戦靴》は常用装備であり、珍しさは感じなかった。
「存在はしています。私たちの間では“マジック・アイテム”と呼ばれています」
「そうか……あるんだな」
完全に異質ではないと知り、ジンガは肩の力を抜いた。
「ですが、とても高価で希少です。……あまり目立たせない方が良いと思います」
年若い少女の忠告は大人の言葉のようで、ジンガは小さく息を吐く。
そのとき、エリシアの肩が小さく震えた。
「……っ、けほっ……!」
抑えきれない咳が静まり返った水路に響く。
「大丈夫か?」
即座に振り返ったジンガに、彼女は口元を押さえて答える。
「……すみません。急に……空気が、重くて」
(そんなに重いか……?)
自分が“普通の身体”ではないことを理解しているからこそ、それ以上は追及しなかった。
掌を差し伸べる。
「《キュア》」
淡い光が炎とは異なる清らかさで広がり、エリシアを包み込む。
こわばっていた胸の動きが静かに整っていった。
「……あ」
咳は収まり、頬に赤みが戻る。
「ありがとうございます……」
「楽になったか?」
「は、はいっ!」
元気を取り戻した声に、ジンガも小さく笑みを浮かべる。
「良かった。じゃあ……先に進もう」
やがて通路の先に広がりが見えた。
壁に沿う水路が膨らみ、小さな広間のような空間が口を開けている。
火球が照らした壁には、不自然な染みが広がっていた。
苔の緑に混じって黒い跡が縦横に走り、まるで焦げ付いた手形のようだ。
鉄のような生臭さが鼻を刺す。
「……ここ、ですね」
エリシアは足を止め、眉を寄せた。
ジンガは火球を掲げ直し、闇を睨む。
遠くの水音に混じって、風のような音が耳をかすめた。
「今日は現地確認だけです。明日から本格的に……」
少女が振り返ろうとした瞬間――
「伏せろっ!」
ジンガは彼女の肩を押さえ込み、強引に屈ませる。
直後、上空をかすめた影が石壁に激突し、轟音が広間に反響した。
「《マジック・シールド》《アイアン・シールド》!」
呪文と同時に、淡い光の障壁と鈍色の力場が重なり合う。
光の膜は柔らかく、金属の盾は重々しく、ふたつの守りが一瞬にして展開された。
エリシアの身体を包み込みながら、ジンガ自身も覆う防御。
彼は少女を背に庇い、闇の奥へと鋭い視線を突き刺した。
「……どうやら、簡単には帰してくれないらしいな」




