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第二十話

「まずは街をご案内します。それから現場へ向かいましょう」


 エリシアの言葉に頷いたジンガは、彼女とともに食堂を後にした。


 この日のエリシアは、屋敷で見せていた豪奢なドレスではなかった。

 白を基調とした膝丈のワンピースに身を包み、裾には淡い金糸の刺繍が施されている。

 肩には薄手の外套を掛け、歩くたびに布が柔らかく揺れた。

 金色の髪は後ろで緩やかにまとめられ、小さな銀の髪飾りが陽光を受けてきらりと瞬く。

 街へ出るためのその装いは、清楚で可憐でありながら、どこか誇らしさを漂わせていた。


 二人は磨かれた石床の廊下を進み、玄関広間を抜けて正面の大扉へ向かう。

 扉が開かれると、すでに高く傾いた陽の光が一気に差し込み、昨夜は止まっていた石造りの噴水が今は涼やかな水音を響かせていた。


 屋敷の敷地を抜けると、整然とした貴族街が広がる。

 両脇には豪奢な屋敷が立ち並び、塀越しに手入れの行き届いた庭がのぞいていた。

 往来する人影は少なく、規律と静けさが空気を満たしている。


「ここが貴族街です。主要な一族の屋敷はすべてこの区画に集まっています」

 エリシアの声も自然と抑えられていた。


 やがて貴族街を抜けると、遠くから賑わいの音が押し寄せてきた。

 露店の呼び込みや荷車の軋む音、人々のざわめきが耳を満たし、視界には昼の活気に包まれた街並みが広がる。


 城門へと続く大通り――昨夜も通った道は、昼の顔を見せていた。


 露店には新鮮な野菜や果実が山のように積まれ、商人たちが声を張り上げて客を呼び込む。

 焼きたての肉の匂いが鼻を突き、香辛料の刺激に思わず目を細める。


 客と商人の値切り合いを聞きながら、ジンガは心の内で苦笑した。

(まるでゲーム内の露店みたいだな)


「市場の奥には大きな食堂街もあって、商人や旅人がよく立ち寄ります。今度ご案内しますね」

 エリシアの説明の合間にも、荷車の軋む音と人いきれが押し寄せ、街の熱気が全身を包み込む。


 さらに進むと、石造りの建物の前で兵士たちが槍を手に整列していた。

 鎧の金具が陽光を反射し、規律正しい声が響く。

 ジンガは反射的に肩をこわばらせたが、その整然とした様子に思わず息を吐く。


「昼の巡回に出る前に、ここで隊を整えるのです。治安が保たれているのは彼らのおかげですよ」

「なるほどな……」

 ジンガは素直に感心して呟いた。


 兵舎を過ぎると、剣と盾を象った木製の看板を掲げた大きな建物が見えてきた。

 扉の内側からは笑い声や怒鳴り声が入り混じり、窓越しには依頼書がびっしりと張られた掲示板が見える。


「こちらが冒険者ギルドです」

 エリシアは立ち止まり、ジンガに向けて続ける。

「街の依頼や討伐、護衛の多くはここを通じて行われます。兵士たちだけでは対応しきれない事柄を、冒険者たちが担っているのです」


 ジンガはその建物を見上げ、荒々しい声と笑いに耳を澄ませる。

 兵士の規律とは対照的に、冒険者の気配は無骨ながらも活気に満ちていた。


 さらに進むと、視界が開けて広い石畳の中央広場へ出る。

 火を噴く芸を披露する男の周囲では子どもたちが歓声を上げ、笑い声が空へ舞う。

 石畳の端では楽師が座り込み、軽やかな旋律を奏でていた。

 ジンガは立ち止まり、思わず目を見張る。街全体が音楽を奏でているように思えたからだ。


「街の人々は、この広場で季節の移ろいを感じるんです」

 エリシアの横顔には、誇らしげな笑みが浮かんでいた。


 広場を抜けると、尖塔を抱いた白い大聖堂が姿を現す。

 石造りの重厚な門を見上げた瞬間、ジンガは無意識に背筋を伸ばしていた。

 壁から流れる冷たい空気が頬を撫で、神聖という言葉の重さを肌で感じる。


「こちらが大聖堂です。祈りと儀式はもちろん、学問や医療の中心でもあります」


 さらに進むと、水音が耳に届いた。

 石造りの欄干の下には、澄んだ流れが光を反射している。


「そして、こちらが水路沿いの道です。川から引き込んだ水が街を巡り、地下水路へと続いています」

 エリシアは振り返り、微笑んだ。


「地下の調査をお願いするのは、この先になります」


 ジンガは流れる水面を見下ろし、小さく頷いた。

(……なるほど。ここからが、俺の出番ってことか)


 水路沿いの道を下ると、街の喧騒が次第に遠のき、涼しい空気が肌を撫でた。

 欄干の下に広がる水面は昼の陽光を反射して白く瞬き、地下へと続く暗がりを映している。


「地下水路への入り口は、この先にあります」

 エリシアの声は少し低く、先ほどまでの観光案内の調子とは異なっていた。


 石造りの橋の下に、鉄格子で封じられた通路が口を開けていた。

 格子の隙間から流れ出す冷気は生ぬるい街の空気とは違い、湿り気を帯びている。

 水と石と、そして何かが混じったような匂いが、かすかに鼻を刺した。


「普段は兵士や管理人が点検のために出入りしますが……今は閉ざされています」

 そう言って、エリシアは腰の小さな鍵束を取り出した。

「お父様から、調査に必要な許可は預かっています」


 ジンガは格子の奥を覗き込み、暗闇に視線を凝らす。

 昼間の光を背にしても、その奥は深い影に覆われ、形を成さない。


(……確かに、何かが潜んでいてもおかしくない)

 胸の奥に、昨夜とは違う緊張がわずかに灯る。


 エリシアは格子に鍵を差し込み、金属が擦れる音を響かせた。

「ですが、本格的な調査は明日以降になります。今日は街の案内と……場所の確認だけにしておきましょう」


 錆びついた格子が軋む音を立て、わずかに開いた。

 そこから流れ出す空気は冷たく、ジンガの頬をかすめて通り過ぎていった。

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