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第二話

 拳が閃光を描いた。

 刻印の連鎖が顎下を抉り、鋼鉄を凌ぐ鱗に亀裂を穿つ。

 無数の挑戦を退けてきた創世の終焉竜が、初めて咆哮を上げた。

 空気そのものが震え、戦場にいたすべての観戦者のログが赤く点滅する。


 天を裂く咆哮の余波で、瓦礫の山が吹き飛んだ。

 火花が走り、溶けた石が雨のように降り注ぐ。

 大地が軋み、熱風が皮膚を焼く感覚さえ、プレイヤーたちの神経に直接叩きつけられた。

 「視覚効果オフ」の設定すら貫通するような演算負荷に、多くの観戦者が思わずログアウトを選択する。


 だが、戦場の中心に立つ影は退かない。

 ジンガの眼差しは逸れず、亀裂を刻まれた竜を真っ直ぐに射抜いていた。


 創世の終焉竜が大口を開き、世界を呑み込む炎を吐き出す。

 天と地を貫く火柱。

 瞬時に広がった灼熱が数百メートル四方を覆い尽くす。

 逃げ場など存在しない。

 それは数千の挑戦者を一撃で光に変えてきた、絶対の死の宣告だった。


 だが、そのただ中に光の陣が浮かんだ。

 幾重にも重なる結界が展開し、炎の奔流を正面から受け止める。

 溶解する石塊を押し返し、逆流する火焔を跳ね返す。

 その中心に立つジンガは、結界の振動を受けながらも、わずかに前へ歩を進めていた。


「……信じられねえ……」

「後衛一人で、あの火焔を……?」


 観戦ログが震え、誰もが目を疑う。

 後衛であるはずの存在が、最前線の盾よりも堅牢な防御を成していた。


 炎が途絶えた刹那、竜の尾が唸りを上げる。

 山を崩す横薙ぎの一撃が、空気を裂き、大地を抉る。

 ジンガは避けなかった。

 両腕を広げ、その軌跡に無数の魔術陣を重ね合わせる。

 尾が衝突した瞬間、爆発的な光が弾けた。

 衝撃が吸収され、反動が推進力へと変換される。

 ジンガの身体は風より速く舞い上がり、逆巻く炎の渦を駆け抜けた。


 跳躍の最中、彼は掌を翻す。

 錬金の触媒が空間に散布され、砂塵が鉛へ、鉛が矢へ、矢が瞬く間に無数の槍へと変じる。

 それらは流星の雨となって降り注ぎ、竜の巨体を穿った。

 砕けた鱗が飛散し、轟音が重なって響く。


 創世の終焉竜は怯まない。

 漆黒の鱗の隙間から黒い魔力が滲み出し、戦場を飲み込むほどの瘴気を広げる。

 空気が重く濁り、呼吸すら奪われる。

 過去、幾千の挑戦者を絶望に沈めた瘴気の奔流。


 ジンガは腰を落とし、静かに息を吸った。

 その瞬間、周囲に召喚獣が顕現する。

 鋼鉄の騎士、翼を持つ獣、光を宿す精霊。

 それぞれが瘴気の波を受け止め、彼の進路を切り拓く。


 足が地を蹴る。

 拳が閃き、足刀が走る。

 現実で積み上げた体術が、魔術陣と重なり合って発動する。

 打撃の軌跡に沿って光が走り、竜の胸部に連続して刻み込まれる。


 竜の咆哮がさらに強くなる。

 翼がはためき、暴風が戦場を薙ぐ。

 観戦者の視界が激しく揺れ、ログが乱れる。

 それでもジンガの姿は見失われなかった。

 黒き瞳が光を宿し、暴風の中でまっすぐに突き進んでいた。


「ありえない……」「仕様の外だろ、これ……」

「運営のイベントか……?」

 誰もが疑う。

 だが、その答えはただひとつ。

 ジンガ自身が積み上げた現実の技術と、後衛職能の極致。

 その融合こそが、この不可能を可能にしていた。


 創世の終焉竜が最後の力を振り絞り、巨体を持ち上げる。

 首を高く掲げ、黒き顎から光を吸い込む。

 吐き出されるのは、世界を呑み込む破滅の光。

 幾百の結界を重ねようと、幾千の矢を放とうと、抗えなかった究極の一撃。


 ジンガは歩を止めなかった。

 むしろ、光の収束に向かって走り出した。

 足裏が大地を蹴り、拳が閃く。

 その軌跡に幾重もの魔術陣が連鎖し、膨大な光を拳の延長へと集約していく。


「――終わらせる」


 その声とともに、拳が竜の胸を貫いた。

 魔術陣が連鎖爆発を起こし、光の奔流が竜体を内部から焼き尽くす。

 鋼鉄を凌ぐ鱗が砕け、漆黒の巨体に無数の裂け目が走る。

 大地が軋み、空が軋む。

 創世の終焉竜が絶叫し、巨体が崩れ落ちていく。


 轟音とともに山が割れ、戦場全体が震動した。

 誰もが絶望と呼んだ壁が、ついに崩れ去ったのだ。


 巨影が地に伏したとき、光の粒が溢れ出し、戦場全体を包んだ。

 散りゆく竜の残滓が天に昇り、煌めきとなって舞い散る。


 ――《システム通知:創世の終焉竜が討伐されました》

 ――《世界初の討伐記録が登録されます》


 サーバー全体にログが流れた瞬間、都市でも荒野でも、無数のプレイヤーが同時にざわめき立つ。

「討伐だと……?」「誰が?」「まさか、本当に……?」

 チャット欄が一斉に点滅し、各地でログイン通知が相次ぐ。

 伝説と呼ばれ、絶対に越えられないと信じられてきた壁が、打ち破られた。


 戦場に残されたのは、ひとりの影。

 ジンガは静かに拳を下ろした。

 散りゆく竜の光の欠片が彼の肩に降り積もり、やがて風に溶けて消えていく。


 ――《討伐完了》

 ――《報酬を算出します》


 視界にシステムウィンドウが立ち上がる。

 そこには莫大な経験値、希少装備、未知のスキル書といった報酬が整然と並んでいた。

 そして最下段に、見慣れぬ一文が浮かぶ。


 ――《特別報酬:未知の領域へのアクセス権》

 ――《受け取りますか? はい/いいえ》


 ジンガは眉をひそめる。

 これまで幾千の挑戦者が敗れ去り、誰も目にしたことのない報酬。

 だが彼の瞳には迷いはなかった。


「……はい」


 指先が選択を押した瞬間、報酬ウィンドウが眩い光へと変わった。

 赤や青の刻印が空間に浮かび、戦場全体が震える。


 ――《確認しました。転送を開始します》


 足元の大地が溶け、視界は白に覆われていく。

 体感すら失われる浮遊感の中、彼は初めて胸の奥に微かな高鳴りを覚えた。


 次に目を開けたとき、そこは既知の街でもダンジョンでもなかった。

 澄み渡る青空、木々の匂い、肌に触れる風。

 すべてがゲームの演算ではあり得ないほど生々しく存在していた。


 ジンガは息を吐き、静かに呟く。

「……ここは?」


 もう「ワールド・クロス・オンライン」ではなかった。


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