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第十七話

 すでに日は高く昇り、外は晴れやかな青空に覆われていた。


 ノックの音とともに扉がわずかに開いた。

 まだ半ば夢の中にいたジンガの身体が、術の効果で反射的に動く。

 ベッドから勢いよく上体を起こし、視線を向けた。


「っ……!」

 入ってきた若い侍女が驚きに声を飲み込む。


 ジンガはすぐに術が反応したのを理解し、息を吐いて肩の力を抜いた。

「……悪い。術を使っててな」


「い、いえ……!」

 侍女は慌てて頭を下げ、緊張したまま告げる。

「お目覚めの時間でございます、ジンガ様」


「起こされたってことは……つまり俺は寝過ごしたってことか?」


 ジンガがそう問いかけると、侍女は慌てて首を横に振った。

「……いえ、よほどお疲れだったのでしょう。ぐっすりお休みいただけて何よりでございます」


「……そうか。手間をかけさせて悪かったな」

 ジンガは素直にそう言い、軽く頭を下げた。


「と、とんでもございません」

 侍女は顔を赤らめて、勢いよく首を横に振る。

「お休みいただけて本当に安心いたしました。エリシア様もお喜びになられるでしょう」

 そして微笑んだ。


「で、起こしに来たってことは、何か用があったんだろ?」

 ジンガがそう尋ねると、侍女ははっとしたように姿勢を正した。


「朝食のご用意が整っております」

 侍女は落ち着いた声でそう告げた。


「泊めてもらって、朝食も用意して貰えるのか。至れり尽くせりだな……」

 ジンガは小さく息を吐き、苦笑を浮かべた。


「当然でございます。エリシア様の命を救っていただいたのですから」

 侍女は深々と頭を下げ、その声音には静かな感謝がこもっていた。

「ありがとうございました。私からも改めて」


「子供の命を救うのは大人の役目だから、当然のことだよ」


 ジンガの言葉に、侍女はわずかに目を見開いた。

 驚きが表情に浮かんだのは一瞬だけで、すぐに柔らかな笑みに変わる。

「……エリシア様がお連れされた方だけありますね。納得いたしました」


 その言葉を聞いて、ジンガはほんのわずかに寂しそうな顔をした。

「……そっか」

 その優しさが当たり前であってほしい。ふと、そう願ってしまった。

 だがすぐに表情を戻し、何事もなかったように顔を上げる。


「それでは、朝食の席へご案内いたします」


 侍女の案内に従い、ジンガは部屋を後にした。

 屋敷の廊下は広々としており、磨き込まれた石の床が窓から差し込む光をやわらかく映し出している。

 壁には季節の花を描いた絵画が掛けられ、一定の間隔で置かれた燭台が整然と並んでいた。

 通りすぎる使用人たちは一様に頭を垂れ、乱れのない足取りで静かに動いていく。


 歩を進める途中、ジンガは《深紺の魔導衣》をはじめとする装備を一式身につけた。ただし《星幽の兜巾》は被らず、《護命の篭手》も装備していない。

 背後を振り返った侍女が、目を見開くほどの驚きを浮かべていたが、ジンガは気にも留めなかった。


 規律と気品の満ちる空気に、ジンガは小さく息を吐いた。

 街の喧騒とはまるで異なる、貴族の屋敷だけが持つ静けさがそこにあった。


 廊下を進んだ先、両開きの大扉が静かに押し開かれた。

 そこに広がったのは、荘厳な食堂だった。


 高い天井には精緻な彫刻が施され、中央には大ぶりのシャンデリアが吊るされている。揺らめく炎が無数の光を散らし、広間全体を黄金色に染めていた。

 長く伸びる食卓は深い色合いの木で作られ、磨かれた天板には光沢が走る。その両脇には高い背もたれの椅子が整然と並び、一脚一脚にまで意匠が施されていた。

 壁には絵画と織物が飾られ、窓には厚手のカーテンが下げられている。どこを見ても隙のない調度で満ちており、格式の高さを感じさせた。


 侍女が一歩退き、ジンガに手を差し向ける。

「こちらでございます」


「……すげぇな」

 思わず漏れた声が、広間の静けさに小さく響いた。


 だが、その広さに似合うはずの人の気配はどこにもなかった。

 長い食卓には皿も杯も並んでおらず、ただ整然と椅子が並ぶだけ。

 広間を満たしているのは、シャンデリアの光と静寂だけだった。


「すぐに朝食のご用意を整えますので、こちらでお待ちくださいませ」

 侍女は恭しく一礼し、足早に広間を後にした。


 背後の大扉が閉ざされる音が耳に残り、広間の静けさをいっそう際立たせた。


 ジンガはその場に一人きりで残された。

 荘厳な食堂は、まるで誰かを裁く場のように静まり返っている。

 長く伸びる食卓の端に立つ自分が、やけに小さく感じられた。

 椅子の列がずらりと並ぶ光景は壮観であると同時に、どこか圧迫感を伴っていた。


 静まり返った食堂に、再び扉の開く音が響いた。

 重々しい足音が石床を叩き、長い食卓の向こうから一人の男が姿を現す。


 その存在感に、ジンガは思わず振り返った。


 エリシアと同じ金の髪を持ち、しかしその瞳は鋼のように冷ややかだった。

 年齢を重ねてもなお背筋は伸び、纏う衣は細部に至るまで隙がない。


「……君が、ジンガ殿か」

 低く落ち着いた声が、広間に静かに響いた。

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