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第十五話

 門が閉ざされ、ジンガはひとり取り残された。

 屋敷の前は街の喧噪が届かず、しんと静まり返っている。遠くから響く人々のざわめきが、かすかに風に流されてくるだけだった。


 石畳の上で馬車の車輪が止まった余韻が残り、夜気に混じって松明の油の匂いが漂う。

 灯火の明かりが門扉の影を長く伸ばし、ジンガの足元を淡く照らしていた。


 特に焦ることもなく、ジンガは壁に背を預けて立っていた。

 初めての街の夜に取り残されたはずなのに、不思議と落ち着いていられる。


(こうして待つのも……悪くないな)


 閉ざされた門扉の向こうから、鉄が軋む音が響いた。

 やがて重たい扉がわずかに開き、灯火の明かりが外へ漏れ出す。


 そこから現れたのはエリシアだった。

 彼女の隣には、一人の騎士が控えている。甲冑の金具が炎に照らされ、揺れるたびに鈍く光った。


「……早かったな」

 ジンガは背を離し、軽く顎を上げた。


「お待たせしてしまいました」

 エリシアは小さく会釈して歩み寄る。その声音は礼を尽くしていたが、表情には安堵がにじんでいた。


 ジンガは口元をわずかに緩める。

「なんだ、どこかに逃げるとでも思ったのか?」


「いいえ」

 エリシアはすぐに首を振った。

「ただ……お一人で残してしまったので」


「心配性だな。静かで過ごしやすかったくらいだ」

 ジンガの言葉に、護衛の騎士は小さく眉をひそめた。

 だがエリシアは、ふっと小さく笑みを浮かべた。


「本日は遅いので、このまま寝室までご案内致します」

 彼女は姿勢を正し、ジンガに向き直った。


 ジンガは一瞬、言葉に迷ったが、やがて頷いた。

「そうしてもらえると助かる」


 エリシアは横に控える騎士へ視線を送る。

「馬車は後ほど、館の裏手に回しておいてください」


「はっ」

 騎士が恭しく頭を垂れる。


「あ、いや、仕舞うからいいよ」

 ジンガが手をかざした。


「《サモン》」


 低い声が響いた瞬間、馬車とそれに繋がれたゴーレムは揺らめく光に包まれ、あっけなくその場から掻き消えた。


 残されたのは石畳と、夜風に揺れる松明の光だけだった。


「き、消えた……」

 騎士は目を見開いた。突然物が消えたのだから、驚くのは当たり前だ。


「召喚したときは見てなかったんだっけ?」

「い、いえ……見てはいましたが、その、消せるとは思ってなくて……」


 動揺している騎士を見て、ジンガはふと気づいた。

 今まで自分に向けられていた警戒の空気が、少しだけ和らいだのかもしれない、と。


「まあいいや。じゃあ、案内してくれるか?」

 ジンガが軽く言うと、エリシアは小さく頷いた。


「はい。こちらへ」


 門を抜けると、静かな庭が広がっていた。

 夜風にそよぐ芝は手入れが行き届き、月明かりを受けて銀色に揺れている。両脇には低く刈り込まれた生け垣が並び、その合間に背の高い樹木が点々と植えられていた。枝葉の影が石畳の小径に揺れ、ゆらめく松明の光と溶け合っている。


 小径の途中には石造りの噴水があり、今は水音もなく眠っていた。昼間であれば水がきらめき、庭の中心を飾るのだろう。噴水の縁には白い花を咲かせる鉢植えが整然と並び、夜気にかすかな香りを放っている。


 さらに進むと、屋敷へ続く大階段が現れた。

 両脇には彫像が立ち、松明の炎に照らされて厳かな影を落としている。石造りの屋敷は窓に灯をともしており、暖かな光が外の闇を押し返すようにきらめいていた。


「……すごいな」

 これまで暮らしたどの建物とも、比べものにならないほど大きかった。


 思わず漏れた言葉に、隣のエリシアがクスッと笑った。

「ジンガ様も、そのように驚かれることがあるのですね」


「俺をなんだと思ってるんだ……」

 ジンガは苦笑まじりに肩をすくめる。


 するとエリシアは、さらにもう一度クスッと笑った。

「何でもできる人……ですかね」


「それは買いかぶりすぎだって」

「そうですか?」

 そう言いながら、エリシアは大階段を登り始めた。


 やがて、二人は屋敷の広い廊下へと足を踏み入れる。

 さらに細長い階段を上り、静かな一角へとたどり着く。


「今日はこの部屋をお使いください。明日、お時間になりましたら遣いを向かわせますので」

「ありがとう。エリシア様」

「……ジンガ様、私に敬称は不要ですよ」

 エリシアが小さく首を振る。


「いや、君は貴族だろ?

 口調を改める気にはならないけど、呼び捨てるのもさすがに気が引ける」


 ジンガの返しに、エリシアはわずかに目を瞬かせ、それから小さく笑みを浮かべた。

「……そういうところが、あなたらしいのかもしれませんね」


 彼女の言葉を背に受けながら、ジンガは扉に手をかけた。

 重い木の扉は音もなく開き、温かな灯りが部屋の中からこぼれ出す。

 一歩踏み入れると、ほのかな香が漂い、静かな夜の気配に包まれた。


「では、おやすみなさい。明日、またお迎えにあがりますので」

 エリシアはそう言って、扉を静かに閉めた。


 木の扉が重なり合う音が響き、部屋にはしんとした静けさが広がる。

 ジンガはしばし立ち尽くし、やがて深く息を吐いた。


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