第十三話
やがて、馬車は城壁の下へとたどり着いた。進路を塞ぐように、巨大な城門がそびえ立つ。
鉄板で補強された扉は閉ざされ、門前には槍を構えた衛兵たちが並んでいた。
夜風に揺れる松明の炎が赤い光を放ち、その明滅が甲冑を鈍く照らしていた。
「止まれっ!」
その声は壁の上から響いた。松明の赤に照らされ、数人の弓兵が矢を番えているのが見える。
地上では槍兵たちが槍を構え直し、鉄の軋む音が夜気を震わせた。弓弦のきしみと矢じりの鈍い光が、戦闘一歩手前の緊張を物語っていた。
(地上には槍兵、壁の上には弓兵)
ジンガは冷静に周囲を観察していた。
「……何だ、あの馬車は」
「ゴーレムにひかせているだと……?」
城壁の上からざわめきが伝わってくる。異様な光景に、警戒はさらに強まった。
「貴様らは何者だ!」
鋭い叫び声が闇を裂く。城門の前も上も、緊張の気配が張り詰めていた。
馬車の中でも騎士たちが腰を浮かせ、無意識に剣の柄へと手を伸ばしていた。エリシアの呼吸は速く、握った拳が震えている。
「どうするんだ?」
ジンガは騎士たちに視線を向け、苦笑を浮かべた。
「ここで降ろして、俺がどこかに消えるって手もあるぞ」
その言葉に、エリシアは反射的に声を上げた。
「それはダメですっ!」
「って言われてもなぁ……」
今のこの緊迫した状況は、下手をすれば戦いになる。
人を傷つけるのは本意ではないし、戦いになれば人も死ぬだろう。
平和ボケした世界で生まれたが、紛争や戦争を全く知らないわけじゃない。
「私が言います。それなら問題ないですよね?」
エリシアは思い切ったように立ち上がり、馬車の扉へと手を掛けようとした。
「急に飛び出すな。死にたいのか」
ジンガの低く鋭い声が背後から刺さる。エリシアは肩をびくっと震わせた。
「お嬢様、どうかお控えください!」
すぐさま騎士の一人が声を上げ、エリシアの前へ身を滑り込ませた。
「城門の前で御姿をさらすなど、あまりにも危険です!」
別の騎士も腰を浮かせ、扉へ伸ばされた手を制した。
「まずは我らが名乗り、身元を示します。お嬢様自らが出る必要はございません」
その動きにはエリシアを守ろうとする忠義が滲んでいたが、同時にジンガへの鋭い視線も向けられていた。
異形の馬車を従え、あっさりと彼女を制したこの男を、彼らが容易に信じ切れるはずもない。
「……それができるなら最初からやってくれ」
ジンガはため息を吐き、背もたれに体を預けた。
「門番に告げるのは我らの役目だ」
最年長の騎士が立ち上がり、馬車の扉を押し開けて外に出た。
「我らはオルフェール家の護衛隊である! お嬢様をお連れした、道を開けよ!」
その響きに、城門前の槍兵たちがざわめき、壁上の弓兵たちが互いに視線を交わす。しかし槍も弓も下ろされなかった。
騎士は歯噛みするように拳を握った。
「無礼な! 我らが誰の護衛かもわからぬと申すか!」
エリシアはそのやり取りを見つめ、黄金の瞳を強く輝かせた。怯えよりも確かな意志が、その奥に宿っている。
彼女は一歩踏み出し、扉の前に立った。
「お嬢様、駄目です!」
騎士が慌ててその腕を掴む。しかしエリシアは振り払うように首を横に振った。
「いいえ……私が言います!」
その声には震えが混じっていたが、それ以上に強い意志が宿っていた。
エリシアは扉の段を踏みしめ、夜の石畳へと降り立った。
冷たい風が頬を撫で、靴底越しに伝わる硬い感触が現実を突きつける。疲労の残る体はまだ震えていたが、その瞳は揺らがない。
護衛の騎士たちが後を追おうとしたが、エリシアは小さく首を振って制した。
その仕草に、幼さの奥に潜む気高さがにじむ。
「はあ……《フレイム・リモート》」
ジンガはその様子を見て、魔術をひとつだけ唱える。
炎が足元に灯り、赤橙の揺らめきがドレスの裾と白い頬を浮かび上がらせる。
松明と炎の光を受けたエリシアは、背筋を伸ばし、堂々と声を張った。
「私は――エリシア・オルフェールです! この名を疑うのなら、ここで確かめてください!」
城門の上からどよめきが広がった。
「まさか……オルフェール家のお嬢様……?」
「街を治める当主の御令嬢が、こんな形で……」
槍を構えていた兵たちは慌てて膝を折り、弓を構えていた兵も次々と矢を下ろした。
恐れと混乱が入り混じる中で、最前列の隊長格が声を震わせる。
「……お、お嬢様にあらせられますか! オルフェール家の御嫡女が、まさかこのような……!」
エリシアは真っ直ぐにその視線を受け止め、堂々と告げた。
「そうです。私はエリシア・オルフェール。当主の娘です」
その瞬間、凍りついていた空気は一変した。




