第十二話
しばらくはゴーレムの足音と車輪の響きだけが続いた。張りつめていた空気も、やがて少しずつ緩んでいく。
その沈黙を破ったのは、エリシアだった。
「ジンガ様は……どこから来られたのですか?」
黄金の瞳がきらきらと揺れる。隣に座る距離の近さもあって、真っ直ぐな視線が逃げ場を与えない。
ジンガは困ったように曖昧な笑みを浮かべた。そして、少し逡巡してから口を開く。
「辺境って言えば正しいかなぁ……」
その答えを聞いた騎士に鋭い視線を向けられた気がしたが、ジンガは敢えて知らないふりをした。
(普通は疑うよな。……俺でも同じ反応をする)
そこまでわかっていながら、現在の状態がわかっていないのはジンガ自身も同じ。
「遠いところなのですね。ご家族やご友人もその遠い場所に……?」
エリシアの問いかけに、ジンガはわずかに目を伏せた。
「家族は……いない。友人も、今はいない。だからこうやって旅をしてるのかも」
淡々とした答えだったが、その静けさには重みがあった。
騎士たちが再び互いに視線を交わすのを、ジンガは横目に見ながら知らぬふりを続ける。
ただ、隣に座るエリシアだけは違っていた。
彼の声に宿る孤独を感じ取ったのか、ほんの一瞬、瞳を曇らせ、それからまっすぐに見つめ返した。
「では……その装備は? 見たことのない装飾ですし……触っても?」
エリシアはためらいがちに問いかけた。
「いいよ」
ジンガが静かに答えると、彼女は小さく息をのみ、恐る恐る《深紺の魔導衣》へ手を伸ばした。
エリシアの指先が布地に触れた瞬間、ひやりとした冷たさが伝わった。
滑らかな手触りの奥に、脈動するような力が微かに宿っている。
「……やはり、見たことのない材質です」
エリシアは小さく息を呑み、驚きと好奇心を隠さずにつぶやいた。
「まぁ、そうだろうな」
ジンガは短く返し、特に説明する様子もなく視線を外へ流した。
「では、先ほどのお力は?」
ジンガが答えを濁すのを察したのか、エリシアは話題を変えるように問いかけた。
「魔術。……この世界にはないのか?」
ジンガは淡々と返す。自分にとっては、ただワールド・クロス・オンラインで使っていた魔術をそのまま再現しているだけだった。
「存在はします。ですが……あんなに簡単に発動させるのは……」
「ああ、俺の詠唱が短いってこと?」
「そ、そうですっ!」
少女の答えに、ジンガは静かにうなずいた。
確かに思い当たる節はある。ワールド・クロス・オンラインがサービスを始めた頃、魔術の詠唱は一つひとつが長くて扱いづらかった。だが、多くのプレイヤーが試行錯誤し、やがて一言で済むような簡易詠唱が編み出されていった。もちろん、中には長い詠唱が今も必要とされるものもある。
いや、「あった」。と表現するのが正しいか。
「色々と工夫すれば、誰でもできるんじゃないかな?」
ジンガは肩をすくめるように淡々と告げる。
だが、騎士たちの表情は強張ったままだった。
彼らにとって、詠唱とは長く厳格な手順を踏むもの。常識を覆すような軽さに、かえって底知れぬ力を思わせた。
エリシアだけは違った。
黄金の瞳をさらに輝かせ、子どものような憧れの色を宿してジンガを見つめていた。
「あの城壁。目的地はあれであってるか?」
少女の瞳から逃げるように、ジンガは正面へ視線を移した。
夜の森を抜けた先、闇を裂くように立派な城壁がそびえている。重厚な石組みが月明かりに照らされ、確かに街を護る威容を示していた。
「えっと……多分?」
エリシアは自信なさげに答えた。
ジンガは小さく息を吐き、思い出したように兜巾へ手を掛ける。
布を外した瞬間、視界は一気に闇へ沈んだ。月明かりはあるはずなのに、肉眼ではほとんど何も捉えられない。
再び兜巾を被り直すと、視界は再び明瞭さを取り戻す。ジンガは正面に座る騎士へ視線を向けた。
「目的地はあってるか?」
もう一度、確かめるように問いかける。
「……我らには見えない。だが、君には見えているようだな」
騎士は不思議そうに目を細め、慎重な視線を向けてきた。
「っぽいな。俺が特殊らしい」
ジンガは淡々と返す。
自分の装備について余計なことは言わない。――教える情報は、少ない方がいい。
馬車は夜の森を抜け、闇を押し分けるように進んでいく。
しばらくして――
「……あれです」
正面に座っていた騎士が小さく声を漏らした。
彼らの目にも、ようやく城壁の輪郭が浮かび上がってきたのだ。重厚な石組みが月明かりに照らされ、黒々とした影を夜空に伸ばしている。
「間違いない。あれが我らの街を護る城壁です」
別の騎士が確信を込めて言うと、張りつめていた空気がわずかに和らいだ。
エリシアは胸に手を当て、小さく息をついた。
「……よかった」
安堵の言葉はかすかに震えていたが、瞳には希望の光が戻っていた。
ジンガは黙って頷き、兜巾越しにその景色を見据えた。




