第十一話
四人の騎士は顔を見合わせ、短い沈黙が落ちた。
助けられた恩と戸惑い、そして警戒心がないまぜになった色が、それぞれの表情に浮かんでいる。
「……しかし」
「お嬢様のお言葉とはいえ……」
小さなざわめきが広がり、決断を迷う声が重なる。
「いいえ」
その声を遮るように、エリシアが一歩踏み出した。まだ震える体を必死に支えながらも、瞳には確かな光が宿っている。
「これは……私の願いです。どうか、聞き届けてください」
夜気に響いたその一言で、騎士たちのざわめきはぴたりと止んだ。互いに視線を交わし合い、やがて一人が前に出る。
「……承知しました」
重々しい声が落ちる。
「お嬢様の御意志に従いましょう。ジンガ殿、どうか我らと共にお越しください」
ジンガは短く息を吐いた。望んでいたわけではないが、ここで背を向けるのは筋が通らない。
「わかったよ」
肩の力を抜いた声音で答え、エリシアの方へと視線を戻す。
「そこまで言われて、断る理由もないしな」
その言葉に、エリシアの表情がやわらいだ。張りつめていた肩が小さく下がり、わずかな安堵がにじむ。
「では、一緒に馬車に……」
そう言いかけて彼女は視線を向けた。豪奢な装飾を誇る車体は形を留めていたが、扉は歪み、車輪は砕けている。爪痕と血に汚されたそれは、もはや走れる状態ではなかった。
「目的地は遠いのか?」
ジンガは騎士へ問いかける。
「ここから街までは徒歩で半日ほど。馬車が使えぬ以上、それしか手段はありません。しかし……お嬢様をこのまま歩かせるのは」
言葉を濁し、視線をエリシアへ移す。彼女のドレスは破れ、泥に汚れていた。震えの残る体に長い道のりは酷すぎる。
「ま、極論を言えばそれしかないわけだが……」
ジンガは小さく息を吐き、思案を巡らせた。
(ああ……そういえば。あれを試してみるか)
膝を折り、右手を地面に触れる。
「《サモン》」
淡い光が地を走り、夜の闇に紋様を刻む。やがて姿を現したのは、一台の無人の馬車。その前には石と金属で形作られた二体のゴーレムが並び立ち、横木をがっしりと握って地を踏み鳴らした。
「ご、ゴーレム……!」
「まさか従わせているのか……」
騎士たちは一斉に息を呑む。ジンガにとっては使い慣れた移動手段だったが、彼らには未知の技術だった。
エリシアもまた目を見開いていた。恐怖ではなく、驚きと好奇心を宿した瞳で巨体を仰ぎ見る。
「これが……ジンガ様の力なのですね」
その呟きには畏れよりも憧れが混じっていた。
「ただの移動手段だよ」
ジンガは肩をすくめて答える。
「豪華さはないが、それでもいいか?」
「はい」
エリシアは迷わずうなずいた。
騎士たちは無言で頷き合い、お嬢様を守るように位置を整える。警戒は解けていないが、反対する者もいない。
「じゃあ、こっちへ」
ジンガは顎で合図し、召喚した馬車へと向かう。エリシアは騎士たちに守られながら、その背を追った。
ジンガが扉を押し開けると、中は外見からは想像もつかぬ造りだった。
滑らかな黒い壁に淡い光の紋様が刻まれ、一定の間隔で輝いている。座席は対面式で四人掛けが二列、合わせて八人が座れる広さを持っていた。
豪華さよりも堅牢さを重視した造りで、座れば自然に背筋が伸びそうだった。窓はなく、その代わりに壁の魔法陣が外の景色を透過して映し出されている。
「……これが馬車の中だと……?」
「まるで異界の造りだ……」
騎士たちは息を呑み、互いに顔を見合わせた。豪奢さを当然としてきた彼らにとって、この徹底した機能美は理解を超えるものだった。
エリシアもまた小さく息を呑む。黄金の瞳を大きく見開き、恐怖ではなく純粋な驚きと興奮に揺れる。
「……すごい……」
その声はかすかに震えていたが、瞳は子どものような好奇心にきらめいていた。
全員が乗り込むと、騎士たちは互いに視線を交わし、慎重に座席へと腰を下ろした。
エリシアは迷わずジンガの隣に腰を掛け、その反対側には護衛の騎士が控える。向かいの席には三人の騎士が並び、視線を逸らさぬままこちらを見据えていた。
八人掛けの広さがあるにもかかわらず、空気は重く張りつめていた。
異形の力で現れた馬車と、得体の知れぬ同行者。騎士たちにとって受け入れ難いものばかりだったが、それでも主君の意志に背くわけにはいかない。
ただ一人、エリシアだけが硬さを和らげていた。騎士たちとは違い、未知の空間を楽しんでいるようにさえ見える。
ジンガはその様子を見て、指先で壁の紋様に軽く触れた。淡い光が走り、馬車全体に振動が伝わる。
「動かしてみるぞ。少し揺れるから気をつけてくれ」
エリシアは緊張の面持ちでうなずき、騎士たちも無言で腰を落ち着ける。
次の瞬間、ゴーレムが地を踏みしめた。
鈍重に見えた巨体が、一歩ごとに土を砕きながら加速していく。横木に繋がれた馬車は前方へと引き出され、外の景色がぐんと流れ始めた。
「なっ……!」
「速い……!」
騎士たちが思わず声を上げる。石の巨体とは思えぬ滑らかな走りに、驚愕と戸惑いが入り混じる。
エリシアも窓代わりの魔法陣に顔を寄せ、風に流れる木々を食い入るように見つめていた。
「本当に……走っている……!」
その声は子どものように弾んでいた。
ジンガは小さく息を吐き、背もたれに身を預けかけてから、ふと思い直して視線を前方へ向けた。
「この馬車道をまっすぐでいいのか?」
一人の騎士がすぐに応じる。
「はい。街までは一本道です。分岐もありませんので、そのまま進めば問題ありません」
「了解した」
ジンガは軽くうなずき、再び背を預けた。
馬車は夜の森を駆け抜ける。地を踏み鳴らすゴーレムの足音が低く響き、魔法陣の光が淡く室内を照らしていた。




