7 必ずここへ
何とかみんなを励ませられただろうか。
後は救助がくるのを待つだけしかない。
あの時、バスに乗る前に立ち寄った小料理屋で、しょうが焼きをたらふく食べさせてもらったおかげで動けたのだと思う。
腹ぺこだったらどうだったろう。
動けなかったかもしれない。
力がでなかったかも。
今思えば、まるであの店主はこうなることを予想していたかのように思えた。
あれ? だから、今日は実家に帰るのをやめた方がいいって僕のことを引き止めたのかな。
それに、大雪になるって言っていた。
八尋は空笑いをもらす。
まさかね。
予知能力者でもあるまいし、そんなことがあるわけない。
身体が徐々に冷たくなっていく。
着ていたコートも美咲の身体をくるむために使ったので、シャツとセーターという薄手の格好だ。
ああ……あのしょうが焼き、うまかったな。しっかりタレの染みこんだ豚肉はいい味だった。
しょうが焼きのことを思い出した途端、お腹がすいてきた。
最高においしかった。
また食べたいな。豚汁もうまかった。もう一度、あの人の料理が食べたいな。他にどんなおいしいご飯を作るのだろう。
そういえば、あの人の名前を聞きそびれた。馬鹿だな僕。
優しい人だったな。
死にたくないよ。
そうだ、しょうが焼き代だって返しにいかなければならないんだ。だから、こんなところで死ぬわけにはいかない。
会って、名前を聞かなければ。
ちゃんとお礼を言って、またおいしいご飯を食べるんだ。
もう一度、会いたい。
膝を抱え、膝頭に顔をうずめようとしたところへ、美咲の身体をくるんでいた八尋のコートのポケットから何かが落ちた。
それは、きれいな包み紙に包まれた二つのチョコレートであった。
想の店主が去り際にくれたもの。
後で食べようと、とっておいたものであった。
八尋はかじかむ指でチョコレートを拾う。
想の店主の言葉を思い出す。
『こちらの赤い包みが八尋くん、青い方は誰かにあげるといいでしょう』
ああ……そういうことだったのか。
八尋は笑った。
「美咲ちゃん、チョコレートがあるよ。食べて」
八尋は青い包み紙を開き、現れたチョコを美咲の口元に持っていく。しかし、美咲は緩く首を振った。
「お兄ちゃん、食べて」
「大丈夫だよ、僕の分もちゃんとあるから」
そう言って、八尋は美咲にチョコを食べさせ、赤い包みのチョコを自分の口に放り込んだ。
「おいしい」
「そうだね。おいしいね……本当に……」
チョコレートの甘い味が口の中に広がっていく。こんなにおいしいチョコは今まで食べたことがないと思った。
ゆっくりとチョコレートを口の中で溶かしていくと、中から液体があふれだした。
チョコレートボンボンだった。ウイスキーの味に一瞬、喉の辺りがかっと熱くなった。
おいしいな。
おいしいけれど、僕、お酒めちゃめちゃ弱いんだよ。
八尋は涙を流しながら、口の中のチョコが溶けていくのをゆっくりと味わう。
お酒の効果なのか、頬が火照り、身体中がかっと熱くなっていくのを感じた。
ありがとう……必ず会いに行きます。
膝を抱えていた八尋の手の力が抜け、ゆっくりと地面に落ちた。
──八尋くん、ここに来なさい。必ずここへ、私の元に来なさい。
穏やかで優しい声が、どこからともなく聞こえてきた気がする。
この声はあの人の声。
でも、もう力がでないんだ。
八尋の身体に雪が降り積もっていく。




