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心霊食堂 ― 旅立ちは思い出の味で ―  作者: 島崎紗都子
第3章さよならの、オムライス

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8 見つかった女性

「早速だけど、本題に入るわね」

 夕子はA4サイズの茶色い封筒をテーブルに置き、一樹の前にすっと差し出した。

 一樹はその封筒を手にとり中を確かめる。

 八尋も軽く首を伸ばして封筒の中に何が入っているのか覗きこんだ。

 数枚の紙が入っていた。


 その紙に女性の名前と、店名のようなものが書かれている。

「一樹が探している女性だけれど、名前は東山香奈。現在は新宿のキャバクラで働いているわ。お店の名前はそこに書いてある通りよ。ご主人と幼い子どもが一人いるようね。でも、自分のことをあまり喋らないらしいの。けれど、彼女の同僚の女の子から聞いた話によると、時々身体中に痣をつくって出勤してくるらしいわ」

「そうですか」

 一樹はため息をつく。


「この人、この間お店に来た女性ですよね?」

「これからこの人のところへ行こうと思いますが、八尋くんも来てくれますか?」

「もちろんです!」

 八尋はぐっと手を握り、力一杯答えた。

 ついてくるなと言われても、ついていくつもりだ。

 一樹は立ち上がった。


「ありがとうございます。お忙しいにもかかわらず、私の頼みを聞いてくださって助かりました」

「ふふ、困った時はお互い様よ。むしろ私を頼ってくれて嬉しかったわ。それに、それほど時間をかけずに探せたから気にしないで」

 一樹は深く頭を下げた。つられて八尋もぺこりと頭を下げる。

「夕子さんならもしかしたらと思ったのですが、こんなにも早く見つけてくださるとはさすがです」

 八尋はなるほど、と頷く。


 この世界で働く夕子なら当然、顔も広いし人脈もある。他の店をあたってみれば、同じ世界で働く香奈という人物を見つけだすことも可能だ。

「申し訳ございません。今日はこれで失礼いたします。お礼は改めて後日させてください」

「お礼なんていいわよ。一樹のお願いですもの。でもそうねえ。どうしてもお礼をしていただけるなら、また一樹の料理を食べたいわ」

「そんなことでしたらお安いご用です。いつでもいらしてください」

 店の入り口まで夕子に見送られ、一樹と八尋はもう一度頭を下げ礼を言う。

「彼女、娘さんと再会できるといいわね」

 余計なことはいっさい口にせず、一樹はそうですね、とだけ答えた。その横で八尋は沈んだ顔で口をつぐむ。


「八尋くんも」

 突然、夕子に話を振られて八尋はびくっと肩を跳ね上げた。

「早く見つかるといいわね」

「え? はい! 頑張って早く次の仕事を見つけたいです。それから住む家も!」

 夕子はふふふ、口元に手を当て笑った。

「一樹、とても素直な子ね」

「ええ、彼のおかげでとても助かっています」

 夕子の言葉に一樹も笑った。


 いえ、助かっているのは僕の方なんです。


 何から何まで一樹さんにお世話になりっぱなしで、一樹さんがいなかったら僕は雪の降る寒空の下で行き倒れていたかもしれないのだから。

 それにしても、一樹さんがこんな高級クラブのママと知り合いとは驚いた。本当に一樹さんは何者なんだろう。


 実は昔、夜の町でホストとして働いていたとか? うん、あり得るぞ。


 一樹の容姿なら、女性客がひっきりなしにやってきたに違いない。しかし、八尋はうーんと心の中で唸って首を傾げる。

 でも、一樹さんはホストっていう雰囲気とは違うんだよな。

「どうしました?」

「いいえ。教えてもらった店に行くんですか?」

「早く二人を再会させてあげたいですからね」

 再会とはいっても、娘である美優もすでにこの世にいない。

 香奈にとっては残酷な運命を突きつけられることになる。

 それが耐えられるか。


 だが、いつまでも事実を知らないままでは、あまりにも気の毒だ。それに、いつかは知らなければならない現実でもある。

「それに美優ちゃんも、あの世へ行けず、現世に止まったままではかわいそうですから」

「はい……」

 美優は自分の死を素直に受け止められるだろうか。

 以前一樹が言ったように、いきなり、あなたは死んでいると言われて納得するのは難しい。

 自分が同じ立場なら、なかなか受け入れることはできないと思う。

 浮かない顔をする八尋の肩に一樹の手が置かれた。


「八尋くんはやはり行くのはやめておきますか?」

「え?」

「確かに香奈さんにとっても、美優ちゃんにとっても、辛い現実を突きつけてしまうことになるのだから、それを見るのは辛いでしょう。私だけで行ってきますよ」

 八尋は首を振った。

「大丈夫です。僕だって関わっているのだから、見届けたいです」

 一樹は笑って八尋の頭にぽんと手を置いた。





 店を出たその足で、二人は香奈が働く新宿のキャバクラへ向かった。

 そろそろ開店時間ということもあってか、女の子たちが次々と店に入って行く。一樹は出勤してきた女性の一人を呼び止めた。

「すみません」

 いきなり声をかけられたことに不審に思ったのだろうその女性は、手にしていたスマホから面倒くさそうに視線を上げた。

「なに?」


 つっけんどんな態度と口調で、眉根を寄せ一樹を見上げた女性だが、その目が大きく見開かれた。おまけに口をぽかんと開けている。

 一樹の顔を見た途端、女性はころりと態度を変えた。

「え? やだ、ちょーイケメン!」

 一樹は首を傾げ、にこりと人好きのする微笑みを浮かべる。その色男っぷりに女性は頬を赤らめる。


 やはりイケメンは得だ。

「はい、なんでしょう?」

 先程とはうって変わって、女性も極上スマイルで答えてきた。

「東山香奈さんって方はこのお店で働いていらっしゃいますか?」

「香奈? あ、ええ、いますけどぉ」

「申し訳ないのですが、香奈さんを呼んでいただけないでしょうか」

「香奈を? あなた香奈の何?」

「私は小料理屋『想』の九重一樹です」

「『想』の九重さんね。今呼んできまーす。ねえ、お店に寄って行かないの?」

「申し訳ございません」

 一樹は心底申し訳なさそうに、眉を八の字にして丁寧にお断りをする。


「うーん、残念。あなたみたいないい男と一緒に過ごしたかったのに」

「是非、今度寄らせていただきます」

「うふふ、約束よ」

 と、言って女性は名刺を手渡してきた。店に入っていった女性と入れ替わりに、東山香奈がやってきた。

 八尋はよし! と手を握りしめる。

 間違いなく、この間店にやってきた女性だ。


 やはり、今日も疲れた顔をしていた。

 荒れた肌にファンデーションをのせているせいで、肌に馴染まずファンデが粉っぽく浮き上がっている。唇もかさかさで艶がない。

 現れた女性香奈は、訊ねてきた相手が、以前立ち寄った小料理屋の店主だということにすぐに気づいたようだ。

 そりゃ、一樹さんみたいないい男、一度見たら忘れられないだろう。

「どうしてここに?」

 驚きに香奈は目を丸くする。


「すみません。調べさせていただきました」

「香奈さんのことが心配だったんです!」

 調べたと言うとまるでストーカーのようで、怪しまれるのではと思い、八尋は慌てて付け加えた。

「私のことを心配して、わざわざ訪ねて来てくださったんですか?」

 思いもよらない一樹の言葉に、香奈の目に涙がにじむ。

「香奈さん、行きましょう」

 え? という顔で香奈は一樹を見上げた。

「美優ちゃんを迎えに行きましょう」

「どうして娘の名前を知っているのですか?」


 なぜ知っているのかと不思議に思うのは当然である。香奈は娘の名前を一樹には一言も言わなかったのだから。

 八尋はくいっと一樹の袖を引いた。

 つま先立ちになって、背の高い一樹の耳元に唇を近づけ声をひそめて言う。

「でも、一樹さん、美優ちゃんは」

 美優はすでに亡くなっている現実を香奈は知ることになる。


 いずれは知ることになるにしても、その瞬間を考えると胸が痛い。だから、美優が亡くなっていることをまず初めに伝えるべきでは? と言おうとしたが、八尋は出かかった言葉を飲み込んだ。

 そんなことは自分が言わなくても、一樹なら分かっているはず。

 一樹には一樹の考えがあるのだ。そのやり方に自分が口を挟むのは余計なことだと思った。


「美優ちゃんが私の元に来たのです」

「え?」

「あなたに会いたがっています。だから、行きましょう」

 しばし、香奈は不安そうな顔で一樹を見つめた。けれど、真剣な顔でそう言う一樹が、決してふざけているわけではないということが、分かったようだ。

 香奈はそれ以上のことは問うこともなく、はいと答えて頷いた。

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