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心霊食堂 ― 旅立ちは思い出の味で ―  作者: 島崎紗都子
第3章さよならの、オムライス

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7 華やかな銀座へ

 ところが、事態は大きく動き出した。

 それはさらに三日たってのことである。

「これから出かけますが、八尋くんも一緒に来ますか?」

 突然、一樹に言われ八尋は店の掃除の手を止めた。

「もちろん、行きます! どこへですか?」

 時刻は午後四時。


 いったいこんな時間にどこへ出かけるつもりなのだろう。今日は店を開けないのか。

「うわ! 一樹さん、かっこいい!」

 厨房に現れた一樹は三つ揃えのスーツ姿であった。

 その格好はどこか改まった場所へ行くのか。

 八尋は自分の格好を見下ろす。

 ジーンズにトレーナーというラフすぎる格好だ。こんな姿で一緒についていってもいいのだろうか。


「この間の女性の居場所が見つかったかもしれないのです」

「え! 本当ですか!」

 まさか本当に探しだせるとは思いもしなかっただけに、驚きは大きい。

「とは言っても、まだこの間の女性だという確信はもてませんが、これから情報を提供してくれた人に会って話を聞いてみようと思います」

「分かりました!」

 ということで、八尋は一樹の運転で、情報提供者の指示された場所に向かった。

 助手席に座った八尋は運転する一樹をちらりと横目で見る。

 スーツ姿にサングラスをして車を運転する一樹はやはりかっこいいなと思った。

 男の八尋でも惚れ惚れする。


 八尋の視線に気づいた一樹は、ちらりとこちらを見る。

「どうしましたか?」

「いえ……」

 一樹に見とれていたとは言えず、八尋は慌てて視線を前方に戻した。

「ええと、どこに行くんですか?」

 スーツでびしっと決めるほど、改まった場所にいくのか。

「銀座ですよ」

「はあ、銀座ですか」

 銀座と聞いただけでどういうわけか緊張する。


 何しろ、八尋にとっては、まったく馴染みのない場所であったから。

 やがて車は賑やかな場所へと入ってきた。

 パーキングに停め車から降りる。

 サングラスを外し、颯爽とした足取りで歩き出した一樹の後を、おどおどと八尋はついていく。

 そろそろ日暮れ時、あちこちで店舗の看板にライトが点り始め、ネオンが煌めき町は華やかに彩り始める。


 物珍しさと華やかな場に慣れない素振りで、きょろきょろしながら歩いている八尋に対し、一樹は違和感なく町に溶け込んでいる。

 スマートな身のこなしと、スタイリッシュな服装。

 モデルかと思うような容姿にすれ違う女性たちは、目を見開き頬を赤らめ、さらに、通り過ぎた後も振り返っていくほどだ。

 そんな光景を目の当たりにしながら、しばらく並木通りを歩いたところで、一樹は立ち止まった。


「ここです」

「ここ?」

 一樹がここだと示したのは、通り沿いにあるビルであった。仰ぐように建物を見上げた八尋は目を点にし、ぽかんと口を開けた。

 着いたところは『雪花せっか』という名のクラブであった。それもおそらく高級といっても過言ではない場所。


 店の入り口からして、敷居の高さに足をすくませ、思わず一樹の側にそそっと近寄る。一方、一樹は気後れした感じもみせず、いつも通りだ。

「こ、こ、ここに入るんですか」

 素っ頓狂な声が八尋の口からもれる。いまだかつて、こんな場所に来たことすら、いや、一生来ることのないだろう八尋にとっては未踏の地であった。

「そうですよ。行きますよ」

 一樹は迷うことなくビルの中へと入って行く。


「ちょ、ま、待てください!」

 情けないが八尋はこそっと一樹の後ろに隠れるように、おどおどとした足取りで後に続く。

 いきなり、強面の黒い服を着た店員に睨まれないかびくびくした。

「一樹さんは、よくこういうところへ来るんですか?」

「よくではないですね」

 よくではないということは、たまには来ているということなのか。意外で驚いた。だから躊躇することなく堂々としているのか。それにくらべて自分のヘタレっぷりの情けないこと。


 店に入ると、まだ開店前ということもあり、客の姿はなかったが、すでに何人かの女性が出勤していたらしく、一樹が店の入り口に立った途端、店内がざわついた。

「ねえ、誰あの人?」

「やだ、素敵……」

「すごくカッコいいわ」

 着飾った女性たちが一樹の姿を見て頬を赤く染める。

 そりゃ、これだけのイケメンだから目を引くのは当たり前だ。

 見た目平凡な僕なんてこれっぽっちも見向きもされない。


「一樹」

 そこへ、奥から和装姿の美人が現れた。

 一樹と言って上品な仕草で手を振りながら歩み寄ってくる。

 他の女性にはない存在感と貫禄。放たれるオーラが半端ない。

「あの女性は?」

 一樹の背後に隠れるようにして、八尋は現れた女性が誰かを問う。

「このクラブのママですよ」

 きれいに引いた紅がなまめかしい。女性は艶やかに微笑んだ。

「わざわざ、ご足労いただいてごめんなさいね」

「いえ、お願いしたのは私なのですから。夕子ゆうこさん、お忙しいのにすみません」

 うふふ、と口元に手を当てながら笑い、夕子と呼ばれた女性は自分たちを席に案内してくれた。


 歩き出した一樹に、店の女性たちは熱い眼差しを送る。

 こちらを見る彼女たちの視線が痛いくらいだ。もっとも、僕を見ているわけではないのだが。

 落ち着かない様子で椅子に座ると、夕子も一樹の隣に腰をかけた。

 さすが高級クラブのママだけあって、立ち居振る舞いが鮮麗で上品であった。

 夕子の仕草に見とれていると、彼女も八尋に視線を向け微笑んできた。

 その艶やかな笑みと色気にドキリとする。


 歳はいくつだろう。

 若そうに見えるけれど、ママをやるくらいならそれなりの年齢なのだろうか。とにかく年齢不詳だ。

「悪いけど、みんなは少し席を外して」

 ママの一言に、群がってきた女性たちが残念そうな声を上げながら離れて行く。

 ゆったりとした席に一樹と八尋、そして夕子の三人だけとなった。夕子の視線が再び八尋に向く。

「可愛らしい子ね。一樹、この子は?」

 夕子の目から見れば、八尋のことなど子どもにしか見えないのだろう。


 それよりも、夕子が一樹と名前を呼び捨てにして呼んでいることに、八尋はどきりとする。

 この二人はどういう関係なのか。

 何だかしっくりと馴染んでいてお似合いであった。

「は、初めまして! 広田八尋です。いえ、申します!」

 八尋はどうも、と深く頭を下げおじぎをする。

「うふふ、元気な子ね」

「彼には、僕の店の手伝いをお願いしています」

 ふうん、というように夕子はじいっと八尋を見つめている。

 美人にまじまじと見つめられ、八尋は顔を赤くしながら視線を泳がせた。


「そう。いろいろ深い事情がおありのようね。夕子と申します。どうぞよろしく」

「は、はい。こちらこそ、よろしく」

 と、この場の雰囲気にも女性にも、場慣れしていないのが丸分かりな態度で顔から火が噴きそうであった。


 おまけに、社交性にも乏しくて、気の利いた言葉一つ口にできなくて鼻で嗤われてしまいそうだ。

 だが、そこは相手はプロの接客。

 決してこちらに嫌な思いをさせることはなく、にこやかな笑みを崩さない。

 それにしても、夕子さんが言った深い事情……まあ、確かに住む家もなく路頭に迷っていたのだから深い事情といえば深い事情か。

 やがて、車で来ている一樹に配慮してコーヒーが運ばれた。


 もちろん、僕の分も。


 コーヒーを運んできた黒服の男は、八尋を見て怪訝な表情を浮かべている。

 え? 何でそんな顔で僕を見るの?

 いたたまれなさに、八尋はすみません、と頭を下げる。

 すみません。ほんとすみません。僕みたいな若造が、それもこんな格好でお店に来て。お店の雰囲気ぶち壊しですよね。

「坂井」

 じっと八尋を見る男の視線に気づいた夕子は、厳しい目で男をこの場から下がらせた。

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