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心霊食堂 ― 旅立ちは思い出の味で ―  作者: 島崎紗都子
第3章さよならの、オムライス

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5 『想』の裏メニュー!

「薬膳料理です。失礼ですが、あまり顔色がよろしくないようですので」

 言い当てられ、女は頬に手を当てた。

 なるほど。八宝粥は薬膳料理なのか。

 そういえば薬膳カレーを作ると一樹が言っていたことを思い出す。その流れかもしれない。


「でも薬膳料理って、苦いのでしょう? 苦いのはちょっと苦手で……」

 女性は眉をひそめた。

 女も八尋と同じ考えだったらしい。

 いくら美容や身体にいいからといって、苦くてクセのある食材を使ったものは進んで食べようとは思わない。

 ちなみに八尋は強い香草類も苦手で、特にパクチーは大嫌いだ。


「では、騙されたと思って召し上がってみませんか?」

 イケメンに強く推されてはもはや、イヤとは言えなかったらしく、女は半ば渋々といったていで了承する。

「そこまで仰るのなら……」

 と、苦笑交じりに女は言う。

 こういう強い推しもイケメンが言うから許されるのであって、そうでなければ余計なお世話だと言って怒って帰っていったかも。


 一樹はさっそく料理にとりかかる。

 八宝粥とは、よく洗い冷水で浸して準備しておいたもち米、ハト麦、蓮の実、大豆、棗、松の実、緑豆などを、砂糖を加えて煮込んだものだ。下準備ができていれば、後は煮込むだけだから、簡単にできる料理である。

 程なくして、一樹が勧める八宝粥が女性の前に出された。

 豆類が豊富に入っていて、見るからに健康そうな粥だ。

「これが八宝粥ですか?」

「ええ、そうです」

  中国では臘八粥とも言われ、伝統的な祭日に食べられるもの。


 八宝とはいうが、食材が八種類入っているからではなく、いろいろな種類をたくさんという意味で具の数に決まりはない。ちなみに八宝菜もそうである。

 女はとろりとした粥にレンゲを入れ、ぐるりとかき混ぜ、恐る恐る初めて口にする薬膳料理の味を確かめる。

 最初はレンゲの先を少し口に含むだけで味を確かめる。

 口に入れた粥を飲み込んだ女は無言でじっと粥の器に視線を落とす。

 八尋は心配そうに女の顔をじっと見つめていた


 八宝粥に対して、女が一言も感想のないことに不安を覚える。美味しいのか、そうでないのか、どちらなのだろうかと。

 やはり、美味しくなかったのか。苦くても薬くさくても、それでも一樹が作るものなら絶対に外れることはないはずだと勝手に思っていたが、薬膳料理は口に合わなかったか。


 八尋は、はらはらした様子で女の反応をうかがい見る。

 女はもう一口レンゲで粥をすくい、今度はぱくりと全部を口の中に含んだ。

 味わうように粥を噛みしめ、ごくりと飲み込む。

「甘くて、おいしい」

 と、感想をもらしたのを聞いた八尋は思わずガッツポーズをとった。

 やはり、一樹の作る料理にまずいものなんてないのだ。


「薬膳だからクセのある味かと思っていたけれど、全然そんなことはなくて、とてもおいしいです」

「ありがとうございます」

 一樹は軽く頭を下げる。

「材料は何が入っているのかしら? 見慣れないものばかりだけれど」

「もち米に小豆、ハト麦の他に、その赤い実は棗です。ビタミンや鉄分や葉酸がとても豊富で、胃腸を整え美容にもいいんです」

 美容にもいいと聞き、女は頬に手を当てた。


 一樹は具材の説明を続ける。

 先程八尋にも説明した通り、クコの実は精力増強。蓮子は滋養強壮、胃腸虚弱に効き、小豆はイライラ防止や疲労回復。松の実は皮膚の乾燥防止や便秘防止。棗は腸内環境を整える食物繊維が豊富で、貧血予防に効果がある、と一樹は淀みなく説明をする。

 八尋も感心したように、一樹の説明を興味深く聞いていた。


 一樹さんは薬膳のことにも詳しいんだな。

 おいしい料理だけでなく、幽霊を成仏させたり、薬膳の知識もあったり、ほんとすごい人なのだと感心する。

 女性は一口、一口、味わうように粥をレンゲで口に運んでいった。

 いろいろな種類の豆の食感は楽しく、とろりとした汁は甘さ控えめで食べやすい。

「優しい味……」

 ここへ来る前から泣いていたのか、赤く充血していた女の目にあらたな涙が浮かび、ぽろりと頬を伝い落ちた。


 一樹は口を閉ざし、女性が食べるのを静かに見守った。

 食欲がないと言っていた女性ではあったが、泣きながらも出された粥をすべて食べ、静かにレンゲを置く。

 器の中は空っぽだった。完食してくれたのだ。

「ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」

 女性の顔にほんのりと赤みが差す。

「よかったです」

「久しぶりにおいしい食事をとれました。本当に……」

 空になった器に視線を落とし、女性は肩を丸めた。


「あの子にも食べさせてあげられたらどんなに……」

 あの子って!

 もしかしたらと思い、八尋は一樹に目で合図を送る。もしかして、この間の女の子の母親では? というように。

 当然のことながら一樹も気づいているはずだ。

 これで、美優の行方を追えるはず。

 女性は言葉を詰まらせ再び泣き出した。

 女性の手にある青痣を見て八尋は胸に痛みを覚えた。


「どうされましたか? 話をして楽になることもあります。もしよろしければ、話を聞きますよ」

 相変わらず一樹の柔和な笑みと口調に、話を聞いて欲しいと思わせるものがあった。いい意味で気を許してしまうのは、一樹の最大の武器だと思う。

 ためらう様子を見せる女であったが、一樹の物腰柔らかで煩わしくなく、お節介さを感じさせない態度と、さらに誘導の効果もあってか口を開き始めた。

「私、新宿のキャバクラで働いているんです。今日もこれから仕事で……」

 そこでいったん女性は言葉を切る。

 キャバクラで働いているというが、八尋の想像する夜の世界の華やかさや派手さは、目の前にいる女性からは感じられなかった。


 それどころか、失礼だが仕事や生活、生きることそのものに疲弊しきっているように見受けられた。

 それに、着ているピンクのスーツは、子どもの授業参観に行くならともかく、これからキャバクラの仕事に向かうにしては不似合いな印象に思えた。

 もっとも、八尋は実際にキャバクラに行ったことはないから、分からないが。


 口を閉ざした女性だが、一樹は先を急かすこともなく、ただ彼女が続きを話してくれるのを待ち続けた。

「四年前に夫と職場で知り合い結婚をしました。職場は都内の……」

 女性の口から四年前まで働いていたという銀行名を聞く。知らない人などいない大手銀行だ。しかし、そこで旦那さんと知り合ったのなら、それほど苦しい家計ではないのでは? というのが八尋の勝手な思い込みだ。


「お付き合いをしていた時からとても優しい人でした。結婚後も家事はもちろん育児にも協力的な人で、誰もが素敵な旦那さんね、と羨ましがるほどでした」

 ん、過去形?

「優しい夫に可愛い子ども。愛する者に囲まれた温かい家庭。この幸せは一生変わらずに続くものだと思っていたのに」

 女性はハンカチを口元に当て、小刻みに肩を震わせた。

「その幸せも、結婚して四年を過ぎた頃から、少しずつ小さな音を立てて崩れていきました。それまで順調だった夫の仕事も、新しく赴任してきた上司とことあるごとに衝突するようになり、我慢できなくなった夫はその上司に手をあげたのです。当然夫は会社を退職することになり、そこから人が変わったようになりました。暴力をふるうようになったんです」

 うわ、と八尋は心の中で声をもらす。


 気の毒に。


 女性の腕にある傷はやはり、暴力のせいだったのだ。

 辛かっただろうに。それにしても、DV夫とは最低だ。

 女性に乱暴をするなんて、男としての風上にもおけない。と、思いながら八尋はぐっと手を握りしめる。

「それでも、暴力をふるった後は態度を改め、私に優しく接して謝ってくれます。だから私もこの人もちょっと苛々していただけなのだから仕方がないと思うようにしてきました。ですが、夫の暴力はますますエスカレートし、私だけでなく、幼い娘にまで被害が及ぶようになりました」

 そこで八尋ははっとなって顔を上げた。

 じゃあ、この間現れた美優ちゃんは、やはり父親の暴力を受けていた。

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