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心霊食堂 ― 旅立ちは思い出の味で ―  作者: 島崎紗都子
第3章さよならの、オムライス

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4 降り続く雨

 美優が去ってから二日が経った。

 雨はまだ降り続いている。

 季節外れの長雨は町も人も鬱々とした気配をまとっている。

 八尋は美優が虐待され亡くなった状態で発見されたニュースが報じられないかと注意深くテレビをみていた。しかし、そういった話題は一切流れることはなかった。


 為す術なしだと、八尋は改めて店を見渡す。

 雨のせいか、今日はほとんどお客さんは来ない。

 生きている客も幽霊の客も。

 いたって平凡で平和な日々。

 これが本来の八尋の日常だ。だが、一樹はどうなのだろう。彼は常に日常と不可思議な非日常の境界線に立っている。


 その一樹は厨房で、いつものごとく料理の準備をしていた。

 今日は何を作るのだろうか、と八尋は一樹の手元を眺める。

「うん?」

 調理台には八尋が見たこともない食材が並んでいた。

「一樹さんその赤い実はなんですか?」

「これはなつめですね。棗を乾燥したもの」

「へえ、棗ですか。何となく聞いたことはあるけど、初めて見ました」

「あまり馴染みのない食材かもしれませんね」

「そっちの白くて丸いのは?」


 調理台に並ぶ数々の珍しい食材に、八尋は興味を持ち始める。

 いったい、これらの食材を使って何を作ろうとしているのか。正直、何ができあがるのかまったく想像がつかない。

「白くて丸いのは蓮子、それから、こちらの赤くて小さいものは乾燥したクコの実。クコの実なら八尋くんも知っているでしょう?」


 正確にいうなら、乾燥させたものは枸杞子くこしというのだが、日本ではクコといった方が馴染みがあるかもしれない。

「知ってます! 確か杏仁豆腐の上にちょこっと乗っているやつですね。それなら食べたことがあります」

 だが、どんな味かは思い出せない。

 味わえるほど大きくないし、量も少ししか入っていないから印象に残らないのだ。

「クコの実は中国では滋養強壮に良く、不老長寿の薬ともいわれているのですよ」

「へえ、こんな小さな実なのにすごいんですね」

 と、八尋は感心した声で頷く。


 それにしても、一樹の手元には棗といい、クコの実といい、乾燥した食材がほとんどであった。

 これらの食材でいったいどんな料理ができるのだろうか。

 それに、カルダモン、クミン、コリアンダー、ターメリック、カイエンペッパー、その他いろいろ、八尋の全く知らないスパイス類もたくさん並んでいた。

「今日の晩ご飯は薬膳カレーにしようと思いますが、八尋くんも食べますか?」

 カレーを作るのに、これだけのスパイスを使うのかと思うと驚きだ。

「もちろん、一樹さんの料理なら何でも食べたいです!」

 八尋は即答する。


 正直、薬膳と聞いて苦くて薬臭いのはイヤだなと思ったが、一樹が作るものならどんなものでも食べる。

 絶対にうまいに違いない。いや、たとえ苦くても絶対に残さず食べる。

「晩飯、めっちゃ楽しみです!」

 その時、ざあ、と激しく降る雨音が耳についた。

 ひやりとした冷気が身体にあたり、店内の空気の熱を一気に払いさる。

 寒さに八尋はぶるぶるっと身を震わせた。

 半分開かれた扉の向こうで、いっこうに降り止まない雨がアスファルトを叩きつけ白くけぶらせていた。


 開いた扉の側で一人の女性が寒さに身を震わせながら立ち尽くしていた。

 女の目ははっきりと分かるくらい真っ赤だった。

 もしかしたら、泣いていたのか。

 店内に客が誰もいないことに気づき、女は小声で問いかけてきた。

「お店、開いていますか?」

 誰も客がいないから準備中だと思われたのかも知れない。

「ええ、営業していますよ。どうぞ」

「僕タオルを持ってきます」

 ずぶ濡れの女性を気遣い、休憩室からタオルを持ってこようとする八尋を一樹はとどめた。


「私が持ってきましょう」

 と、八尋が動くよりも早く、一樹はタオルを持ってきて女性に渡した。

「よかったら使ってください」

「ありがとうございます」

 女はおずおずと一樹からタオルを受け取った。

 髪からしたたる水滴を拭い、濡れた顔をタオルで押さえるようにして拭く。

 八尋は不思議そうに女性を見ていた。


 雨はもう三日以上も降っているのに、なぜ傘を持っていないのだろう。

 最初は、この間の女の子のように、幽霊だから傘を持っていないのかと思ったが、すぐに違うと否定する。

 多分、幽霊ではない。

 一樹の仕事を手伝うようになって、最近は何となくだが、生者と死者の見分けがつくようになってきた。


 根本的に幽霊の場合は、身体から放たれるエネルギーの質量が、生きている者のそれとはまったく違うのだ。

 これがよくいう、生きているものに勝るものはないとか、生きている人間の方が怖いとか言うやつだ。

 だから、現れた女性から放たれるオーラのようなものが、死者ほど弱々しくはないのだが、なのに死者のように、顔色が悪く生気がないように思えた。

 このままの状態だと、女性の命が危ういのではないかと心配になってくる。


 それは八尋以上に一樹も感じているはず。

 失礼にならないように、さりげなく女性に気を配る一樹の仕草に隙がない。

 とにかく驚くほど顔色が悪い。

 色素のない白っぽい唇にこけた頬は黒ずんでいる。

 目の下にもくっきりと黒いクマができていて、肌荒れもひどい。

 髪の毛もパサついていて艶がなかった。痩せ細っている身体は、ちゃんと食事をとっていないからか。手足が異常に細く身体のバランスが異様に見えた。


 見た目は四十代に見えるが、本当はもっと若いのかもしれない。

 すべては荒んだ格好のせいで、年齢よりも歳がいっているように見えているのだ。

 一樹はどうぞ、と女性にカウンター席を示す。

 女性はタオルを手にしたまま勧められるまま席についた。

 身体が冷えているのか、女性は腕をさする。


 あれ?


 そのさすった手の甲に傷があることに八尋は気づいた。

 さらによく見るとファンデーションと垂らした髪で隠しているようだが、こめかみの辺りに青い痣や傷も。

 誰かに暴力を受けたのか、と八尋はいぶかしむ。そこで、八尋ははっとなった。そういえば、美優も身体と顔に痣や傷があった。


 一樹は女性に温かいお茶を差し出した。

 軽く頭を下げ、女は両手で湯飲みを包むように添え、お茶に口をつけた。

 安堵にも似た小さな吐息が、女性の唇からもれる。

「何にいたしましょう?」

 女はお品書きを手に取る。けれど、ページを行ったり来たりと繰り返しめくり何を食べようか迷っている様子をみせる。

 いや、迷うというよりも、ためらっているといった方があてはまる。


「お茶漬けを……」

 言って、女は言い訳をするように付け加えた。

「実はあまり食欲がなくて……でも、なぜかこのお店を見た瞬間、入らなければいけないような気がして。すみません。変なことを言って。自分でもおかしなことを言っていると思います」

 食欲がないのに、なぜ料理屋に入るのかと不思議に思うかも知れないが、ここはお腹を空かせた者が来るだけの店ではない。


 だから、女の行動も言っていることも実はおかしくはない。

 一樹が言うにはこれも縁なのだと。

 知らず知らず、彼女は一樹の持つ力に引き寄せられ、救済を求めにやってきた。

「よろしければ、八宝粥をご用意いたしますよ。それならあまり食欲がなくても召し上がれるのではないでしょうか」

「はっぽうかゆ?」

 聞き慣れない言葉に女は首を傾げお品書きを見返す。もちろん、八尋もそんな名前の料理など初めて聞いた。

 そもそも、八宝粥などという料理はお品書きにのっていない。


 きたきたきた!


 つまり、一樹特製『想』の裏メニューだ。

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