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心霊食堂 ― 旅立ちは思い出の味で ―  作者: 島崎紗都子
第3章さよならの、オムライス

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3 なぜ天国に送らなかった?

「大丈夫。一人でお家に帰れるから」

 美優にとっては、一樹が言う本来行かなければならない場所というのがどこなのか、理解できていないようだ。

 よいしょ、と言ってカウンター席から下りた美優は、扉に向かって小走りに歩いていく。

「美優ちゃん、待って!」

 呼び止める八尋の声に、美優は振り返った。

「お兄ちゃんも、ありがとう」

 そう言って、手を振り雨の中、傘もささずに走り去って行った。


 慌てて戸口に駆け寄った八尋は外に出て左右を見渡す。すでに美優の姿はどこにも見えない。

「い、今の子、どうしたんでしょう……お母さんが迎えにくるのを待っているって言ってましたけど、あの子の顔や身体に痣とか傷があるのを一樹さんも見ましたよね? これって、もしかして虐待じゃないんですか?」

 一樹は深刻な表情を浮かべ腕を組む。

「そうですね。霊視をした限り、あまりいい状態ではないですね」

「霊視?」


 ああ、前回の直哉の時に使っていた能力か。


 霊的な力を使って、直哉の写真を見て彼がどうしているのかを一樹はぴたりと当てた。

 八尋にとっては想像もつかない力だ。

「それで、その霊視で美優ちゃんの背景を視たんですか?」

「男、おそらく父親でしょう。美優ちゃんは父親に虐待をされています」

 いったん口を閉ざす一樹の顔に沈痛な影が過ぎる。

 よほど、嫌なものを視たようだ。


「泣き叫びながら母親に助けを求めるあの子の姿が視えました」

「それで?」

「美優ちゃんは、虐待によって命を落とした」

「なんてことを!」

 八尋はぎりっと奥歯を噛んで足をだん、と踏みならした。

「一樹さん、どうしてあの子を天国に送ってあげなかったんですか?」


 これまでも一樹は何人もの死者を成仏させてきた。なのになぜ、美優を天国に送ることはしなかったのだろう。

 あのまま、美優を家に帰さずに成仏させてあげれば、この世で受けた痛みや苦しみから解放されることができるのに。

「八尋くん、もちろんそうしてあげたいのはやまやまです。けれど、あの子自身それを望んでいない。いいえ、自分が死んだことに、いまだ気づいていないのだから」

「死んだことに気づいていない」


 一樹は頷いた。

 死ということすらまだ理解できていない幼い少女に、あなたはもう亡くなっているのですよ、と言い聞かせたところで納得できるか。

 説得をしても受け入れてくれるのか。

 無理だろう。

 八尋はしょんぼりと項垂れた。

 だが、このまま何も知らず、天国にも行けないまま、この世をさまよい続けるのも可愛そうではないのか。


 ずっと、母親が迎えに来てくれるのを待ち続けなければいけないのか。

 八尋はがばっと顔を上げる。

 母親に呼びかけ、あの子を迎えに行かせるのは? そうすれば、少しはあの子も前に進めるのでは。しかし、八尋は首を横に振った。

 その母親がどこにいるのかさえ分からないのに、どうやって少女に会わせてあげるというのか。そもそも。


「あの子、またここにやって来るでしょうか?」

「どうでしょう。こればかりは私には分からないですし、どうしようもできません。あるいは、物事が動き始めなければどうすることもできないですから」

 そうですか、と気落ちした声を落とす八尋に一樹は慰めの言葉をかける。

「八尋くんは優しいから、あの子のことが心配なのですね。もう少し様子をみてみましょう。霊の世界は不思議なもので、解決にむかって遠回りをしているようで、実は意外に無駄がないように動いているのですよ。きっと良い方向へ解決に向かうこともあるかもしれません」


 どうすることもできないと言いながらも、一樹だって、先程の少女のことを気にかけているのだ。

 何もできない自分があれこれ悩んでも仕方がない。それに、一樹の仕事にどうこう言える立場ではないのに。

 八尋は気持ちを切り替えることにした。

「僕片付けをします……っ!」

 と、美優の食べた食器を下げようとした八尋だが、突然こめかみの辺りを押さえて顔をしかめる。


「どうしましたか?」

「いえ、ちょっと、急に頭が痛くなって」

「それはいけません。少し休むといいでしょう」

「大丈夫です。それほど酷いわけではないから」

「無理は禁物ですよ。どのみち、この雨ではお客さんも来ないでしょう」

 こめかみを手で押さえたまま、八尋は窓に視線を向ける。

 相変わらず、暗い空から雨が降り続いている。雨脚が弱まる気配もなさそうだ。


「じゃあ、お言葉に甘えて、少し休ませていただきます」

 しっかり働いて少しでも一樹の役に立ちたいと思っているのに、急に頭痛が起きるなんて情けない。八尋はぺこりと頭を下げ店の奥の休憩室に行く。

「それにしても、いやな頭痛だな」

 いつまでも仕事が決まらないから、焦ってストレスを感じ始めているのか。それをいうなら役に立たない八尋を雇っている一樹の方が多大なストレスを抱えているのでは。

 まいったな……と、呟き八尋は休憩室の椅子に座る。

「そうだ」


 座ったばかりの八尋だが、すぐに立ち上がった。

 店の掃除は後でちゃんとやるから、と伝えるためもう一度店に顔を出す。

「一樹さ……」

 声をかけようとして八尋は言葉を飲み込んだ。

 一樹が席に備えてある醤油差しに醤油を補充している姿を、八尋はぼんやりと眺めていた。

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