2 夢のつまったお子様ランチ
どうしよう。どうしよう。
女の子を泣かせるなんて、僕は配慮の足りない最低男だ。
「泣いては可愛らしいお顔がだいなしですよ、美優ちゃん」
と、癒やしの声で名前を呼ぶ一樹の声には魔法の力があるのか、美優はかろうじて泣き出すのをこらえた。
カウンター越しから手を伸ばした一樹の指先が、美優の涙を拭い取る。
まるでお姫様を扱う優しさだ。というか、慣れている。
「では美優ちゃん、お子様ランチはいかがですか?」
「お子様ランチ?」
「ええ、ハンバーグに、ナポリタン。エビフライ。フルーツはいちごがいいかな? それと、プリンをつけてあげましょう」
「本当?」
美優は嬉しそうな声を上げ、きらきらと瞳を輝かせた。
八尋ははあ、とため息をこぼして肩を落とす。
小さくてもやはり女の子、イケメンに優しくされたら涙もあっという間に引っ込んでしまう。
それどころか、泣いていたのにすっかりご機嫌よく笑っている。
それにしても、と八尋は美優を見つめながら首を傾げる。
母親はどうしたのだろうか。
あるいは母親もこの少女と同じく亡くなっているのか。それならばなぜ、母子ともに一緒ではないのか。
さらに気になったのは、美優ちゃんの格好だ。
髪の毛はぼさぼさの伸ばしっぱなし。着ているセーターも、色褪せて毛玉だらけだ。それに、セーターの首回りと袖口も垢で汚れ黒っぽく変色している。
よほどハンバーグが嬉しいのか、美優は足をぶらぶらさせながら楽しそうに一樹が料理を作っている姿を眺めている。
あれ?
しかし、カウンターに頬杖をついている美優の手首を見た八尋は、ぴくりと眉を動かした。
セーターの袖口から覗く美優の手首には赤黒い痣があった。
八尋は注意深く美優の顔を見る。顔にはいくつかの細かい傷や痣があった。治りかけのかさぶたになったものも。
まさかこの子、虐待されているのか。
いや、虐待をされていた。それで、命を落としたのか。
八尋は唇を震わせた。
改めて見れば、手も足もぎすぎすに痩せていて、子ども特有のふっくらした感じがない。頬はかさかさで荒れているし、髪の毛も汚れていて、しばらくお風呂に入っていないように見受けられた。
「……美優ちゃんはどこから来たのかな?」
「分かんない。気づいたらここにいたの」
この子の素性が分かれば、なぜ、死人となってこの世をさまよっているのか分かるかもしれない。
そう思って聞いてみたが、美優自身、自分がどうしてこの店に来たのか覚えていなかったようだ。
「美優ちゃん一人で? 他には誰もいないの? ええと……」
もし、虐待をしているのが親だったらと思うと、お母さんはどうしたの? と聞くのははばかられた。
「いないよ。美優一人だけ。でも、お母さんが迎えにくるのをずっと待っているの」
「お母さんが迎えに来る?」
「来るよ。だって、ママはいつも美優さえいてくれたら幸せって言うもん」
「美優ちゃんはママのことが好きなんだね」
「うん、大好き!」
八尋は少しほっとする。
少なからず、この子の母親は娘のことを大切に思っている。それならば、どうして美優は傷だらけなのだろう。虐待されているというのは勘違いか。
答えを求めるように八尋は一樹を見る。すると一樹は緩く首を振った。
この様子を見ると、八尋の考えは間違っていないらしい。
「どうして、このお店に来たのか分からない?」
思えば、前回の平沢さんと同様、霊たちがなぜここにやって来るのか謎だった。もしかして、幽霊たちの口コミか。
八尋ははは、と笑って肩をすくめた。
美優はきょとんとした目で首を傾げた。
「分かんない」
「そっか。分からないのか」
そうこうするうちに、美優ちゃんのお子様ランチができあがった
「おまたせしました、お客様」
どうぞ召し上がれ、と美優の前に一樹お手製のお子様ランチプレートが出された。
「わあ」
それを見た美優は、ぱあと表情を輝かせる。
デミグラスソースがかかったハンバーグに、どこか懐かしいナポリタン。
そういえば、学生時代よく行った喫茶店で、こんなふうにケチャップ色に染まったナポリタンを食べた記憶がある。
どういうわけか、喫茶店のナポリタンというのは格別にうまいのだ。
他にはエビフライにクリームコロッケ。そして、フルーツのいちごに一樹お手製のプリン。
一樹さんの作ったプリンを食べられるなんて、羨ましすぎるぞ。
じいっ、と食い入るようにプリンを見ていた八尋に気づいた美優は、
「プリン、欲しいの? 半分食べる?」
と、八尋にスプーンを差し出してきた。
うう……何て優しい子なんだ。
「ううん。僕は大丈夫。ぜんぶ美優ちゃんが食べていいんだよ」
美優は嬉しそうにえへへ、と笑った。
白いプレートにのったお子様ランチは見ているだけで楽しい気分になる。
子どもだけではなく、大人だってわくわくする、夢のつまったメニューだ。
「いただきまーす」
美優は嬉しそうにハンバーグを食べる。口に入れた瞬間、美優は頬に手を当て緩ませた。
「おいしいかな?」
「うん、おいしい!」
「よかった。たくさん召し上がれ」
「ありがとう」
次に美優はナポリタンを食べる。
あらかじめパスタを折って茹でているため、小さな子どもでも食べやすいように工夫されていた。
美優はちゅるちゅるとナポリタンを食べ、口の回りをケチャップで真っ赤にしながら、再び頬を緩ませた。
「どうして美優ちゃんはオムライスが食べたくないのかな?」
一樹がやんわりと美優に疑問を投げかける。
そうそう、僕もそのことが知りたかった。
きっと何かわけがあるのか。それとも単純にオムライスの気分ではないとか。
「オムライスはね、ママが作ったのが食べたいから。美優、ママのオムライスもう一度食べたいな」
ああ、なるほど。そういうことか。いや、待て。
これまで一樹は、死者たちが食べたいと思う料理を食べさせ成仏させてきた。つまり今回も美優の母親が作ったオムライスを食べさせることによって、美優を天国へと送るということなのだ。って、母親のオムライスはどうやって作るのか? 母親をここに呼ぶのか。そもそもこの子の母親はどこにいる? 生きているのか、死んでいるのか? それすらも分からないではないか。
一樹さん、どうするんですか? というように、八尋は目で訴えかける。しかし、そんな八尋の心配などよそに、一樹は困惑している様子は微塵もなかった。
いつものマイペースな表情でおいしそうにお子様ランチを食べる美優を見守っている。
美優はぺろりとハンバーグもナポリタンもエビフライも平らげ、最後にスプーンを手にプリンを食べ始めた。
「わあ、ぷるぷるして柔らかーい」
スプーンでプリンをすくうと、てっぺんにかけられた褐色のカラメルソースが、とろりとプリンの表面に流れ落ちてきた。
プリンを一口食べ、美優は目を細めながら幸せそうな表情で満面の笑顔を浮かべる。すべてを食べ終えた美優は手を合わせた。
「お兄さん。ごちそうさま。とってもおいしかった。ありがとう」
「どういたしまして。お腹いっぱいになりましたか?」
美優はうんと大きく頷く。
「あのね、美優はもう帰るね。お母さんが迎えにきてくれるのを待たなければいけないから」
「美優ちゃんの帰る場所はどこですか?」
美優はきょとんとした顔をする。
「お家だよ。決まってるじゃない。お兄さんっておかしなことを言うね」
美優は口元に手を当てくすくすと笑う。
「そうですね」
「でもね美優、本当はあまりお家に帰りたくないんだ」
「おや、どうしてですか?」
「だって、家に帰るととても痛くて苦しいの。だから、早くママが迎えにきてくれますようにっていつも神様にお祈りしてるの」
「美優ちゃん」
「なあに?」
「望むなら、美優ちゃんが本来行かなければならない場所へ送ってあげられますよ」
「お兄さんが?」
「ええ」
「行かなければならない所ってどこ? お家じゃないの?」
「美優ちゃんにとって優しくて温かい世界です」
しかし、一樹の言う意味が分からない美優は、ううん、と首を振る。




