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心霊食堂 ― 旅立ちは思い出の味で ―  作者: 島崎紗都子
第2章 思いやりのお弁当

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7 救われた心

「うぐ……っ」

 鼻の奥がツンと痛い。

 変な声をもらし、八尋は泣くのをこらえ、噛みしめている唇を震わせ天井を見上げた。

 下を向いたら涙が落ちてしまうから。

「直哉!」

 しばし、消えたろうそくを見つめていた深雪は、向かいの席の椅子に何かが落ちていることに気づき、それを拾った。

「安産のお守り?」

 先ほどまで、そこにお守りはなかった。


「あの事件が起きた日、直哉さんが会社近くの神社に寄り深雪さんのために購入したものです。ですが、そのお守りを手に入れた帰りに、彼は事件にあいました」

「そう……だったんですね」

 深雪はお守りをぎゅっと手に握りしめ、胸にあてた。

「ありがとうございます。九重さんは直哉をここに連れてきて私に会わせてくださった」

「直哉さん、とてもお弁当を喜んで召し上がっていましたよ。それから、深雪さんの側にいられないのは心残りだけれど、ずっと見守っていると」

「はい。そう言ったのが聞こえたような気がします」

 深雪は胸にあてていた手に視線を落とす。


「あの人が手を握ってくれたのも感じました。温かくて、今でもその温もりが残っているようです」

「次の世こそ、家族三人で暮らそうと仰ってました」

「ええ、この子と三人で……」

 深雪は深々と一樹に頭を下げた。

「九重さんのおかげで、私の心も救われました」

 こぼれる涙を指先で拭い、深雪はにっこりと笑った。

「ふふ、少し安心したら、お腹が空いたわ」

「よろしかったら、何か召し上がりますか」

「ぜひ。お勧めあります?」

「それでしたら、少々変わったぶり大根はいかがでしょう? ちょうど旬ですから脂がのっていておいしいですよ。それからきのこの炊き込みご飯もお出ししましょう」

「いただくわ。この子のためにもしっかり栄養をとらなければいけないものね」

「では、すぐにご用意します」

「お願いします」

 一樹は厨房へと戻り、準備に取りかかる。


 お腹の子のためにも、深雪さんが少しでも元気になってくれてよかった。

「一樹さん、よかったですね」

「ええ、これも八尋くんが頑張ってくれたおかげです」

「僕ですか? 僕は何もしていないですよ」

「おや、事件の現場から直哉さんを連れて帰れたのは、八尋くんが手伝ってくれたからですよ」

「そ、そうかな」

「そうですよ。とても助かりました」

 助かったと、一樹に言ってもらって八尋は嬉しそうだ。


 たちまち、食欲をそそるにおいが店中に充満する。

 一樹の料理を眺めていた八尋は、はて? と首を傾げる。

 確か一樹はぶり大根を作ると言っていた。ぶり大根といえば、醤油で煮たやつだ。そのくらいは知っている。しかし、一樹の調理しているぶり大根には白い何かがかかっている。

「おまたせいたしました」

 深雪は驚いたように目を開き、出されたぶり大根を見る。

 変わったぶり大根と一樹が言った通り、ぶり大根の上にクリームのようなソースがかかっている。


「これがぶり大根ですか? この白いソースは?」

「ホワイトソースです」

「珍しいわ。こんなぶり大根は初めて」

「実はこういった甘辛いものに、クリームソースが合うのですよ」

「そうなんですか? 知らなかったわ。おいしそう」

 ぶりの旬であるこの時期は、とても脂がよくのっているため、だし汁を使わなくても、ぶりから出る旨味だけでコクがでる。

 深雪は箸を持ち、初めて食べるホワイトソースがかかったぶり大根を食べる。口にいれた瞬間、深雪は目を大きくした。


「おいしいわ。それに全然生臭くない」

 深雪が生臭くないと言った通り、ぶりを下ごしらえでさっと湯通しした。こうすると、独特の生臭さが消えておいしく仕上がる。

 ホワイトソースは炒めた玉ねぎに小麦粉を加え、出汁で延ばしながら白味噌を加え、さらに豆乳を加えて混ぜ合わせ、片栗粉でとろみをつける。

 大根もぶりの旨味が出た出汁がじゅっと染みこんでいて、噛んだ途端ぶわっと口の中で凝縮されていた旨味がはじけ広がっていく。ホワイトソースによって優しい味わいになっているはずだ。


 きのこの炊き込みご飯は土鍋で炊いたもの。

 土鍋のふたを開けると、立ち上る湯気とともに、風味豊かに香ってくる。さらに、土鍋で炊く時にできるおこげも、香ばしさが出て二度美味しい。

 一樹の温かい料理が、深雪の悲しみを癒やしていく。いや、悲しみから立ち直るのは無理だろう。

 それでも、真っ直ぐ前を向いて歩いていかなければならない。もう、自分一人の身体ではないのだから。


「ごちそうさまでした。とてもおいしかったです。それに、今回のこと、九重さんに相談して本当によかった。ありがとうございました」

 料理を食べ終えた深雪は一樹に礼を言い、深々と頭を下げ店を去っていった。

 きっと彼女は大丈夫。何の根拠もないけれど、それでも八尋はそう思った。

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