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心霊食堂 ― 旅立ちは思い出の味で ―  作者: 島崎紗都子
第2章 思いやりのお弁当

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4 霊能者のお手伝い

 翌日、八尋は一樹とともに、例の通り魔事件が起きた現場に向かった。

 ここで悲惨な事件が起きたのは一ヶ月前。5人が死亡、7人が重軽傷を負った殺傷事件が起きたとは思えないくらい、今ではすっかり何事もなかったように、人通りも戻り、いつもの日常を取り戻している。


 事件があった現場付近にコンビニがある。直哉はそこでお昼ご飯を買うために寄ろうとして事件に巻き込まれた。

 確かにお弁当を持っていれば、このコンビニに寄ることもなかった。そうすれば、通り魔に襲われることも。

 いや、と駅前のロータリーに立ち、現場を眺めていた八尋は心の中で否定する。


 それを言ってしまったらきりがないのだ。だが、妻の深雪からすれば、それは一生、消えることのない後悔として胸に刻まれていく。

 そう思うと気の毒でならない。

 事件のあった辺りで腕を組み、現場を眺めている一樹を八尋はちらりと見る。

 道行く女性がちらちらと、一樹に視線を向けて通り過ぎて行く。


 とにかく人の目を引くイケメンだ。整った顔だちにモデル並みの長身。店では割烹作務衣を着ている一樹だが、今はチノパンに白いセーター、ロングコートというスタイリッシュで爽やかさ全開の服装だ。

 一樹の側にいると、平凡な自分の存在が薄いこと。

 誰も自分のことなど見向きもしない。もっとも、一樹と自分とでは比べようもないことは認める。

 無言で現場を見ている一樹に八尋は声をかける。


「一樹さん、何が見えますか?」

 九重さんでは呼びづらいだろうから、一樹でいいと言われ、そう呼ばせてもらうことにした。

「事故で亡くなった人たちの無念が漂っていますね。家族に見送られ無事に浄化した者もいますが、突然、事件に巻き込まれ、殺され、いまだ自分が死んだことすら分からずにここに残っている人もいます。直哉さんもその一人のようです」

「直哉さんがここにいるのですか?」

「何かを探しているようです」


 探している?


「視えませんか? 八尋くんなら視えるはずですが」

「視えるでしょうか……」

 八尋は一度だけ目を閉じ、そしてゆっくりと開いた。

 すっと目を細め、普通の人には視えない者の姿を捕らえようと意識を切り替える。

 以前、一樹に教わった視えるコツを試してみる。

 頭の中で視えるようにとスイッチを入れる感じだ。すると、普通に歩いている通行人にまぎれ、この世の者でない者たちの姿が視えた。


 うわ……いる。


 戸惑ったようにその場で呆然としている者。

 その場で苦しげに呻く者。

 泣いている者。

 助けてと叫んでいる者と、さまざま霊がいた。先日の通り魔事件とは関係のない者もいる。

 その中で、一人の若い男がうろうろと歩き回っている姿があった。

 一樹が直哉は何かを探しているようだと言っていたが、この人がそうなのか。確かに深雪に見せてもらった写真の男の人と似ている気がするが、はっきりあれが直哉だと言い切れる自信はなかった。

「あそこで行ったり来たりしている人がそうでしょうか?」


 必死な形相で、探し物をしている直哉を示す。

「そうです」

「何を探しているのでしょうか?」

「それは、本人に聞いてみないと分からないですね」

「はあ」

「そこで、今日は八尋くんにお手伝いをしてもらいたいと思って、ついてきてもらいました。協力してもらえますか」

「もちろんです。僕にできることがあれば何でもやります! 何でも言いつけてください!」

 即答で返事をする。


 まるでご主人さまに従う犬である。

 犬でもなんでもいい。どこにも行くところがなく、お金すらも持っていなかった自分に、一樹はご飯を食べさせてくれ、雇ってくれた。寝床も提供してくれた。この恩は一生忘れない。だから、自分にできることなら何でもするつもりだ。

「助かります」

「それで、僕は何をお手伝いすればいいのでしょう」

「簡単です。直哉さんに話しかけてみてください」

「分かりました。でも、いきなり僕が話しかけても大丈夫でしょうか」

 大丈夫とは、いろいろな意味でだ。


 いきなり見ず知らずの人が話しかけても、聞いてもらえるか、というのもあるが、それより何より、僕が幽霊と会話をできるのかということだ。

 何しろ、一樹とは違い、霊と話をするのが初めてだから。直哉を連れて帰ると深雪に約束した手前、自分が失敗をしては申し訳なさすぎる。

 しかし、八尋のそんな心配をよそに一樹はにこりと微笑む。

「大丈夫ですよ」

 何を根拠に大丈夫なのかは分からないが、一樹が大丈夫だというのなら、きっとそうなのだろう。

 疑う必要はない。だから、ここはやってみるしかない。


「分かりました。話しかけてみます!」

 と、意を決し、八尋は直哉に近寄っていく。

 一方、直哉は八尋が近づいていくことも気づかず、一心不乱に下を向きながら探し物をしていた。

「直哉さん」

 自分には直哉の姿が視えているが、他の人たちには視えていない。

 一樹のように霊感の鋭い人なら視えるのかもしれないが、そんな特殊な能力を持った人などごく少数であろう。


 つまり今自分は、何もない空間で、誰かに向かって話しかけているというおかしな状況となるため、おのずと声が小さくなる。

 呼びかけられた直哉は、ゆるりと顔を上げ、八尋を振り返る。

 こちらの呼びかけが聞こえていることに八尋はほっとする。と同時に、自分は霊が視えるだけではなく、会話をすることもできるようになってしまったのかという複雑な思いだ。


 そういえば、一樹がこう言っていたことを思い出す。

 自分の側にいると、元から霊感の鋭い人は感化されていく場合があると。

「八尋くんは、そのタイプかもしれないですね」

 と、言われた。

 その時はてっきり冗談かと思っていたが。

 八尋は心の中で、なんてこった、と嘆きの声を上げる。


 つまり、僕も視える系の人になりつつあるということか。でも、一樹さんもこんな気持ちを味わっているんだな。

 ただし、同じ視える人間でも、一樹は霊たちを成仏させてあげられるが、自分には何もできない。ただ視えるだけ。

 八尋はぶるっと首を振る。

 それよりも、今は直哉との会話に集中しよう。

「あの、何を探しているんですか?」

 八尋の問いかけに、直哉は眉尻を下げ悲しそうな顔をする。

「落とし物をして、ずっと探しているんです。それを見つけなければ家に帰れない」

「はあ」


 どうしますか? という顔で、八尋は一樹をかえりみる。

「そのまま彼に付き合ってあげてください」

「分かりました」

 頷いて、八尋は再び直哉に向き直る。

「僕も探し物を手伝います」

「でも……」

「僕、暇だし、それで何を落としたんですか?」

「さっき、すぐそこの神社で購入したお守りなんです」

「お守りですね。探します!」

「すみません。手伝ってもらって」

「気にしないでください。困ったときはお互い様ですから」


 よし、と気合いを入れて八尋も身をかがめ、直哉と一緒に落としたお守りを探し始めた。

 確かに、地面を見下ろしながらひたすら探し物をするような地道な作業は一樹には似合わない。

 そう思えばこれは、僕のやるべきことだと俄然やる気がでる。

 最初は人目を気にしていた八尋だが、しまいにはなくしたお守りをなんとしてでも見つけてあげたいと思う気持ちが強くなり夢中になって探した。

 すると、ガードレールの側に小さな白い袋のようなものを見つけ走り寄る。


「あった!」

 まさしくお守りだ。

 それを拾い、八尋は直哉に向かって手を振る。

「直哉さん、見つかりましたよ! お守り。これそうですよね」

 目の高さまでお守りを持ち上げ、直哉に示した八尋は、あれ? と声をもらす。

「このお守りって」

 すると、直哉は走ってこちらに近寄ると、八尋からお守りを受け取り、大切そうに手に握った。

「ああ、よかった。よかった……本当にありがとうございます」

「見つかってよかったですね」

「はい。でも、もう」


 探し物が見つかったにもかかわらず、直哉の表情は浮かない。

 八尋もかける言葉を見つけられず、気の毒そうな目で直哉を見る。

 彼はすでに事件に巻き込まれ亡くなっている。妻に会うことはできない。そう思うと涙が出た。

「どうしてあなたが泣くのですか?」

「だって、そのお守りは……」


 その後の言葉を口にできず、八尋は泣きながら肩を震わせた。もう、人目も気にせず声を出して泣いた。そんな八尋の姿に直哉の方が戸惑う。

「ありがとう、私のために泣いてくださって。優しい人ですね」

 八尋はあうあうと、言葉にならない声を発する。

 そこへ、ぽんと肩を叩かれた。振り返ると穏やかな笑顔の、一樹の姿があった。

「一樹さん、直哉さんの、探し物、見つかり……」

 嗚咽混じりで言う八尋の頭に、一樹はぽんと手を置く。

「直哉さん、落とし物が見つかってよかったですね」

「はい。ありがとうございます」

「八尋くんもご苦労さま。悲しい気持ちは分かりますよ。でも、あなたがそんなふうに泣いていたら直哉さんが困ってしまいます」

「そ、そうですね……」


 八尋はごしごしと袖口で涙を拭い、ぐずっと鼻をすすった。

「直哉さん、私とともに来ていただけませんか?」

「あなたたちとですか?」

「はい。少しだけ私のお店に寄って欲しいのです。会わせたい人がいるので」

「会わせたい人?」

「ええ、深雪さんです」

「妻にですか?」


 直哉は目を見開いた。が、しょんぼりとした顔で手の中のお守りを見つめる。

「僕は死んだんですよね。ここで。通り魔に刺されて。その時の記憶は覚えています。だから、死んだ僕が妻に会うのは無理です」

 直哉は自分が亡くなっていることをちゃんと理解している。分かっているのだ。

 中には自分が死んだころすら分からずに、この世をさまよう霊がいると一樹は言っていた。

「私を信じていただけないでしょうか」

 真剣な一樹の言葉に直哉の気持ちが動いたようだ。

 直哉ははいと頷く。


「さあ、八尋くんも帰りますよ。お腹が空いたでしょう。帰ってご飯を食べましょう。手伝ってくれたお礼に、八尋くんの好きなものを作りますよ。何か食べたいものがありますか?」

「ハンバーグ、食べたい」

 ハンバーグって子どもかよ、それも片言、と思わず自分で自分に突っ込んだが、今は早く帰って一樹のあたたかいご飯が食べたいと思った。

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