其の拾
予想外の言葉に、思わず目を白黒させる。だが、蒼次は玄の反応などどこ吹く風、話を続けた。
「恥ずかしい話だが、グローリアは資金面では潤沢だが、戦力は常にギリギリだ。おまけに、今年に入って誰かさんが大量に殺してくれたおかげで必要十分数に達していねぇ」
その『誰かさん』にしてみれば、あまり聞きたい話ではない。互いに職務を全うしただけであり恨まれる筋合いはないが、居心地の悪さは拭えなかった。
「いかに神憑きとはいえ、戦闘経験の豊富な人間で成功する事は稀だ。むしろ、戦いを避けたい奴の方が、神の意思に対抗できる。そんなわけで、戦闘能力の著しく高い、しかも殺傷能力に秀でたお前が、喉から手が出るほど欲しい」
予想はしていたが、今回の取引は研究資料としてだけだと思っていた。故に、どう答えるベきか迷う。ここで断って、取引の内容を反故にされてはかなわない。だが、テロ組織に加担するのも、それはそれで紫乃たちに危害を加える結果にならないだろうか。しかも、玄自身が傷つけるという、最悪の結果で。
「……ああ、断ったところで、取引は守るから安心しろ」
飛んできた言葉の真意を測りかね、思わずそちらを凝視する。
その不躾な視線にも笑みを崩さず、蒼次は肩を竦める。
「そう意外な事でもねぇだろ。仲間になるなら自分の意思でなった方が、後々面倒が少ねぇ」
その言葉で、玄の腹は決まった。
「なら、お断りします。僕は研究資料になる事は承諾しても、テロに加担するのは承諾しかねます」
いい終えた途端、蒼次の眦が吊り上がった。まとう雰囲気すら、色を変える。どうやら、意図せず逆鱗に触れてしまったらしい。
「……勘違いしてんじゃねぇぞ。オレたちは革命家だ。テロリストじゃねぇ」
首を傾げる。グローリアであるのなら、それは等しくテロリストだ。確かに、グローリアはが謳うのは『反帝国主義』と『反魔術主義』の二つ。現状この国は君主制であれ帝国主義ではないが、主張が見当違いであるとはいえ革命組織的側面はもっている。だが、グローリアはテロ組織。国としての認識がそうなのだ、いくら主張せど、それは変わらない。
「……僕らから見て、やっている事がテロである事に変わりはないでしょう」
その呟きを拾い上げたのは、少々表情を和らげた蒼次ではなく、新たに扉を開けて入ってきた一人だった。
「だから幾度も申し上げたはずです。彼を引き入れるのは無理だと」
「……だがな。琥珀のいねぇ今、新しく神憑きを作るのは骨が折れるだろ」
「我が君の頭脳を持ってすれば、あのような理論を理解するなど簡単ではないですか」
「そうでもねぇんだよな、これが」
何気ない調子で会話を続けつつ、入ってきた女性は蒼次の前に机を移動させ、その上に載っていた玄の所持品と、持っていた料理を入れ替える。
「配達ご苦労。ああ、そうだ。昔の話をされたくねぇ奴は、五分以内にここに来いって言っといてくれ」
「了解いたしました。それでは失礼いたします」
するすると女性が部屋を去り、部屋には沈黙が下りる。正確に言えば、玄は口を開かなかったのではなく開けなかったのだが。
「……今の……」
「ん? ああ。鹿山牡丹、焔の神憑きだ。面識はあるだろ」
もちろんだ。栗色の髪、感情のない瞳、玄と遜色ない身長。あれは、八校を襲撃した時、紫乃に一生残る傷を与えた女性だ。
「……ええ。まあ」
玄の微妙な反応には深く突っ込まない事にしたのだろう。蒼次はなんとも言えない表情を見せた後、真顔に戻った。
「まあいい。それでだ。オレたちは革命家だって話だが、根拠はある。……まあ、最初から話すか」
黙って続きを待つ玄の緊張は知らぬ振り。運ばれてきた料理に付随していたお茶を一口飲んだ後、蒼次は話を始めた。
「オレたちは、『高天原』。神憑きだけで構成された、グローリアとは別の組織だ。目的は『数の血族』による独裁制を壊し、腐り切ったこの国を変える事。そのために、今は一時的にグローリアと協力してる」
言いたい事はわかる。だが、やっている事が同じなら、両者は同じものだ。そう思う事は、なんらおかしな事ではないだろう。
「奴らは自分たちの思想を知らしめる方法として破壊を行っている。俺たちは、自分たちの理想を実現するために、ある程度の破壊もやむなしとして行っている」
そう言われれば確かに違う気もしてくる。
これ以上くどくどと違いを聞かされては、話が進まない。仕方なく、玄は頷いた。
「違いはわかりました。けど、あなた方がしようとしているのは反乱でしょう。三枝紫乃のガーディアンだった身としては、やはり承服しかねます」
再三断っていると言うのに、蒼次は話を止めない。玄の反論がそんなに穴だらけなのか、蒼次たちの理想を理解していないのか、もしくはそんなにも戦力事情は逼迫しているのか。
「この国が、本当に真っ当な国なら、オレたちの行為は反乱だろうな。けど、この国が腐り切っていたとしたら、それは革命になる。要は、相手次第、結果次第だ」
「この国が腐っているという根拠は、もちろんあるんでしょう?」
蒼次の微細な表情の変化も見逃さないつもりで、じっと凝視する。その視線を真っ向から受け止め、蒼次は口を開く。その表情は、真顔だった。何一つ、先程から変わらない。
「ああ。そうだな、ここに集まった奴らの過去が、一番の証拠になる」
先程の、鹿山牡丹を思い出す。ここに案内してくれた安東翡翠を、世話になった幸田橙也を、そして、目の前の一ノ瀬蒼次を見やる。
彼らの過去に何があったのか、心に何を負ったのか、正直興味がないわけではない。だが、それが証拠となるのなら、安易に踏み込む事は気が引ける。玄自身、未だに紫乃に話していないのだから。
彼らの過去が玄と似通ったものなら、理解する事ができるだろう。辛い経験だったのなら、玄の苦痛と照らし合わせて想像する事もできる。だが、もしも全く違うものだったなら、玄は、何を言う事も何を思う事も許されない。土足で踏み込んでいいものではないのだから。
そんな玄の逡巡を吹き飛ばすように、蒼次は平坦な声を上げる。
「五分経過。誰も来ねぇって事は、話していいって事だな。本人たちの許可が出たんだ、何を気に病む事もねぇぞ」
そう言われてしまえば、玄とて、無理に断るつもりもない。
一度玄と視線を合わせてから、蒼次は自分の記憶を辿るように、中空を見つめた。
その唇が、開く。




