其の弐
「……か……か……み……」
ぶつぶつと呟きながら、タッチパネル式の資料検索装置に文字を打ち込んでいく。
ここは国立図書館三号館。主に、学術雑誌や魔術目録など、小難しい資料が収められた建物だ。
だが生憎紫乃は論文やら学術誌やらにはまったく馴染みがない。それどころか図書館自体に馴染みが薄い。学校の図書室程度なら行った事はあるが、玄が来るまで外出というものすら馴染みが薄かったのだ。こうも大きいとうろうろと歩き回っても迷子にしかならない気がする。周囲の本を理解できないのなら尚更だ。
故に、実際に歩いて探すのは茜に任せ、司書等を頼るのは玄に任せ、紫乃は文明の利器を存分に活用しているわけだ。
だが、この資料検索装置もまた扱いにくい。キーボードでもなければ携帯の形式でもない。ただ五十音が左から並べられているというのは、こうも打ちにくいものなのか。
ようやく『神降ろし』の五文字を打ち終え、ほっと一息つく。検索の文字を意気揚々と押した紫乃の前に表示されたのは、無情なシステムからの、エラー通告だった。
「……該当資料無し……」
ため息を呑み込む。ここで幸せに逃げられてはたまったものではない。
脱力しながらもう一度やり直す。一度扱った事で慣れたおかげか、今度は幾らかスムーズに打ち込み直し、今度こそと祈りながら検索する。
「ミストレス、結果は?」
「……該当資料一つ。……あったわ」
振り向きもせずに答える。何が気に食わなかったのか、横から覗き込んだ玄の顔はしかめられていた。
「……本当だ。……あの係員、見た事無いって言ったのに」
「『神降ろし』ってキーワードなら引っかからないのも頷けるわね。それに、どうやら論文というものは、雑誌の中に組み込まれているみたい」
玄の取った行動を見越し、あえて挑発的に告げる。だが玄は紫乃の挑発など気づかずに、表示された資料の名称を呟いた。
「……『自然性魔力の利用による魔術性能の底上げについて』? ……なるほどね、『神降ろし』で見つからないわけだ。最初から父さんたちの名前を使ってればよかったんだ」
「とりあえず、茜と合流しましょう。わたしは資料を探してから行くわ」
頷いた玄が離れていくのを気配で感じながら、資料の概要を印刷する。
吐き出されたレシートのような紙を持って、記された番号の棚へ足を向けた。
「……茜、随分と持ってきたわね」
玄の誘導で合流した茜は、両手一杯に分厚い本を抱えていた。本というより、最早辞書だ。
「あ、うん。論文は認められてるから、目録とかに乗ってるんじゃないかと思って。それに、いろんな魔術誌が検証してるだろうしね」
掛け声と共に机に置かれた本の山。その一番上に乗っていたのは、『二〇六九年版魔術目録』と記された本だった。
「魔術目録って、現状存在する全ての魔術と理論が載ってる奴?」
玄が誰にとも無く尋ねながら、本の山を切り崩していく。
「うん。だから、多分神降ろしの理論についても、どこかに載ってるはず」
「とりあえず、論文を調べましょう。話はそれからよ」
とはいえ、学術雑誌など今初めて見た人間だ。しばらくは、茜に任せて、目録内から神降ろしに関する記述を探す事になるだろう。
長期戦を覚悟して、本の山に手を伸ばした。
「……紫乃ちゃん」
ぼそりと、図書館の中にしても静かすぎる声で、茜が静寂を破る。不意に名前を呼ばれたせいで反応が遅れ、数秒後に顔を上げた。
「……呼んだかしら?」
「うん。これの事なんだけどさ」
茜が、手元の雑誌を少し持ち上げる。嫌な予感がして、開いていた二〇六三年版魔術目録を閉じた。
紫乃が居住まいを正したの見て取り、茜もまた雑誌を置いた。
「これって、本当に、神木夫妻が書いた神降ろしについての論文なのかな」
まったく予想していなかった質問に、面食らう。
「そ、そのはずよ。神降ろしについてかどうかはわからないけれど、神木夫妻が書いたものである事は間違いないわ」
何となく自信がなくなって、検索結果を印刷した紙を差し出す。受け取った茜は、ちらりと一瞥し、ため息をついた。
「完璧に合ってるね。題名も、うろ覚えだけど記憶とも一致する。でもなあ……」
煮え切らない態度の茜に痺れを切らし、紫乃から水を向けた。
「どういう事? 何かわかったの?」
「わかったといえば、わかったよ」
いつになく遠まわしな言い方に、眉を顰める。そんな紫乃を余所に、茜は続ける。
「この理論と、神木君の現状とが噛み合わないって事がね」




