其の拾伍
「今回の襲撃は、『文化祭で甘くなるセキュリティを突いた周到な襲撃』なんかじゃない。むしろ、ミストレスを狙った襲撃なら、『対象の行動が把握できないイレギュラーな日程に突っ込んできた無謀な襲撃』だと言ってもいい。内部、それもかなり深いところに内通者がいなければ、だけど」
先を促した紫乃に返って来たのは、そんな言葉だった。何となく意味を察する事はできるが、先程以上に事件の概要を把握し切れていない紫乃にとっては、判断材料が少なすぎた。
「文化祭の日は、通常時と違って、誰がどこにいるのか正確に把握する事が難しい。けど、一つだけ、どの時間なら誰がどこにいるのか、いつもと同程度の精度で把握する方法があるんだ」
思考を、めぐらせる。玄が告げた条件に合致するのは、一つだけ。
「……シフト表ね」
「そう。今年から、『生徒の動きを少しでも把握するために』って生徒会からの要請で、文化祭企画の最終提出書には、シフト表がついてる。誰がどこで何をしているのか、シフトが入っている時間だけは把握できる」
言葉を切った玄の後を、引き継ぐ。
「そのシフト表さえ閲覧できれば、『標的の行動が把握できた』状態で、『甘くなったセキュリティを突く』事ができるという事かしら?」
「そう。それにね。あの時、襲撃が開始される寸前、僕のクラスには会長が視察に来ていた。普通に考えれば、企画の視察なんて前日の生徒解放日にやっておけばいい。わざわざ混雑する一般解放の日に一ノ瀬家次男が校舎中練り歩くなんて、無駄で危険だと思わない?」
「……わたしのクラスに、視察なんて来てないわよ」
それが、何よりの証拠だ。
「つまり、一番の不穏分子であるあなたの行動を間近で確認するために、わざわざ視察をでっち上げた?」
玄の、首肯。
「ミストレスだけが目当てなら、カモフラージュに敷地内を無差別に襲う事はしても、東棟だけにあれだけの人数を注ぎ込むのはおかしい。あれは、僕を抑える必要性を理解していたからこそだよ」
そのときの様子は、玄から聞いている。引っ切り無しにテロリストが現れる状況は、確かに違和を感じずにはいられない。
「それと、これは思い込みかもしれないけど。東棟三階を襲った第一波を気絶させたのは会長だった。けど、その四人は直後に床を爆破して逃げてる。会長ほどの力量がありながら、たかがテロリストを昏倒させ損じるなんて、ありえないと思うんだ」
そこまで言い終えて、玄は口を閉じた。話は終わりなのだろう。だから、紫乃は呟く。
「一花家は『一の血統』の分家、一ノ瀬会長なら接触も容易いでしょうね」
「そうだね。そういう繋がりもあるんだもんね」
納得したように、もぐもぐと口を動かしながら玄が呟く。その様子に苦笑して、紫乃は話を切り上げた。
「仮説は以上です。けど、最後に一つだけ」
わざわざ人差し指を立てた茜に、宏緑たちは顔を引き締める。その視線が集中している事を感じながら、茜はゆっくりと口を開いた。
「……少しだけ、疑問なんです。会長ほどの頭があれば、もっと証拠を残さずに出来たんじゃないかって」
それに、黄衣が頷く。
「確かに、どれも警察が真面目に捜査していればすぐに判明する事だ。それを厭わなかったという事は、よほどのバカか、あるいはそうまでして手に入れたい何かがあったのか」
十中八九、前者だろう。全国模試トップスリーの人間が、そんなヘマをするはずがない。
そんな茜の思考を口に出す前に、宏緑が口を開いた。その眉間には、深い皺が刻まれている。
「あいつの事だ。俺たちがここまで辿り着くのも想定内だろ。そろそろ、派手に動くか姿をくらますか。二つに一つだな」
その言葉を最後に、黄衣が立ち上がる。その顔は、毅然とした軍人の顔だった。
「今回目撃された神憑きとその仲間の事も気になる。相手が相手だけに表立っては動けないが、出来る限り調査しよう」
そこで表情を緩め、茜へ向き直る。
「有意義な話だった。協力感謝する」
わざとらしく敬礼した黄衣が、相談室を出て行く。
それを見送った宏緑もまた、茜の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「見事な推理力だな。さ、今度こそ親御さんが待ってる」
促され、相談室を出る。真っ暗な廊下は、いつになく寒々しかった。
食事が終わり、片づけを買って出た玄の代わりにグリムに餌をやりながら、口を開く。
「……一つだけ、聞いてもいいかしら」
その言葉に顔を上げたのは、玄ではなく夕方ふらりと帰ってきた猫の方だ。だが、声はきちんと返って来た。
「僕が答えられるものなら、出来る限り答える所存だけど。どうしたの?」
ふざけたのか本気なのか判断できない答えを聞き流し、用意していた言葉を吐き出す。
「……あの焔の神憑きを連れ去った男。あなたの知り合いなんでしょう?」
がしゃん、と耳障りな音が劈く。焦って駆けつければ、ガラスまみれの右手をぼんやりと見つめる玄。グリムさえもが、餌を食べる手を止めてこちらへ歩んでくる。
「何をしているの!」
「……あ、ごめん。握り潰しちゃったみたい」
「そんな事は謝らなくていいわよ! 救急箱はどこ!?」
紫乃の剣幕に押されたのか、はたまたようやく状況を飲み込んだのか、玄は少しだけ慌てたように口を開く。
「その棚だよ。けど、絆創膏が入ってたかどうか……」
その時点で、紫乃はこの家の備品を見限り、あまり慣れない詠唱を吐き出していた。
「古来より永きに渡りて世を治めたる八百万の神々が一柱、『天照大御神』よ。我が魂を贄とし、その力の一片を我が力として貸し与え給え――――」
その言葉に、玄が目を見開く。
「え、ミストレス?」
「――――『天陽』」
その疑問は黙殺し、魔力を玄へ流し込んでいく。少量故かもしれないが、他人に施すよりも、抵抗を感じられなかった。
『握り潰した』というだけあって、玄の手にはかなり深いところまでガラスが突き刺さっている。流し込む魔力を利用してそれを押し出していたら、玄が感心したように呟いた。
「器用だね。……さすが、というべきかな」
「この程度、少し魔力操作が出来れば簡単よ。……こんな小細工が出来たって、何の役にも立ちはしないわ」
それを鼻で笑ってから、目下の目的を思い出す。玄がこれ以上何かをしでかさないよう、右手を強く握ったまま、口を開く。
「それで、わたしの質問に答えてもらっていないのだけど」
それを聞き、玄の右手に力が入る。警戒し、握る力を強めた紫乃に何かを感じたのか、玄は逆に脱力し、ポツリと、閉め切られなかった蛇口から水滴が漏れ出すように、呟く。
「……知り合いだよ。……恩人と言ってもいいかな。名前も、好悪も、戦闘の癖さえも、僕は知ってる。彼も、僕の事は覚えてるんじゃないかな。『史上最大に手のかかるいい子』だって言ってたし」
その答えに動揺している事を悟られたくなくて、垂れ下がった髪を左耳に掛けた。




