其の拾壱
茜の叫びに従い、紫乃を抱き抱えて右へ跳躍。直後、今しがた玄がいた空間を、焔の間欠泉が焼き尽くした。
「……阻害魔術じゃ、ない……?」
「それより、ミストレス、血が!」
抱き締めた紫乃の体は、肩から胸のあたりを赤い染みが覆っていた。玄のエプロンにも、少し血が付着している。
「そんな事はどうでもいいわ。そこまで深手でもないもの。それより、早く離しなさい。あの女性が来るわよ!」
紫乃が言う『あの女性』が誰なのかはわからないが、少なくとも友好的ではないのは確かだ。
「桜井さん、負ぶされる? 君も離れた方がいい」
茜がおずおずと首に回した手がしっかりとホールドされた事を確認して、紫乃を抱えたまま駆ける。中庭から正面玄関の前を通り過ぎ、正門から続く道の脇、花壇の縁石で二人を下ろす。渡り廊下からは、数十メートル離れている。追撃にしたって、反応する暇はあるはずだ。
「……桜井さん、ミストレスをお願い」
頷いた茜が、口を開く。
「神木君、敵は『焔の神憑き』。未知の魔法の他、焔系統なら基礎魔術も使えると思う。武器は直剣、なんらかの武装呪を展開してる。『火焔柱』はさっきの間欠泉みたいな焔、『劫火』は焔の波が出る。気をつけて」
予想以上に詳細な報告に目を見開きながら、頷く。右手のソードブレイカーを茜に渡し、刀を抜き放つ。
「武器はそれを持ってて。……それと、ミストレス」
緊張が緩んだのか、厳しい顔で傷口と思しき位置のワイシャツを掴んでいた紫乃が、顔を上げる。その前にしゃがみこんで、鞘を手渡した。
「これを、お願い。終わったら取りにくるから。この服だと、腰に差しておけないんだ」
その物言いに、紫乃は苦笑らしき表情を浮かべた。
「主人に物を預ける従者がどこにいるのよ。……いいわ、預かってあげる。ただし、必ず受け取りに来なさい」
「うん。……それじゃあ、そろそろ十塚様たちの小隊が来るらしいから。それまで警戒お願い」
それだけ言い残し、反応も見ずに踵を返す。校舎の方では、栗色のショートヘアの女性が、二階から飛び降りているところだった。
地を滑るように疾駆し、元来た道を戻る。女性の十メートルほど手前で立ち止まり、刀を構えた。
「君が、焔の神憑き?」
「……貴方は三枝紫乃のガーディアンですね」
互いに質問には答えない。だが、無言は肯定の証。
「ミストレスを傷つけた報いは、受けてもらうよ」
「……我が君の望みです。貴方にも来てもらいましょう」
右手を真横に伸ばす。魔力の動きが単純で済むように、変形した後の武器がどこかに干渉しないように。
「……『具現武装呪』」
女性も本気を出したのだろう、体を包む嫌な感じが膨れ上がる。無性に、泣きたくなるような感じ。
(火之迦具土神、か)
〈我がしっかり産んでやれなかったばかりに、不運な子だの〉
(罪悪感、ってところ?)
〈だとしても、主を殺されてはかなわぬのだ。この期に及んで情など有りはせぬ〉
伊邪那美との会話を切り上げ、女性を睨む。その無機質な瞳からは、何も感じなかった。
鎌を構え、腰を落とす。
直剣が、中段で固定される。
真紅と漆黒が、せめぎ合う。
鋭く吐き出した息と共に、地を蹴った。
鎌と直剣がせめぎ合い、耳障りな金属音を奏でる。鎌を押す力は、女性とは思えないほど力強い。だが。
力任せに振り抜き、直剣を押し返す。体勢の崩れた女性へ、一回転してもう一撃。遠心力の乗ったそれで、決着を狙う。
紙一重でそれを避けた女性の刺突。頬を掠めたそれを避け、一歩後ろへ。振り切った鎌を同じ軌道で振り戻す。跳び退った女性を無理やり追わず、呟く。
「『魂狩』」
玄自身の影から生まれた刃が、飛び出す。幾重にも広がり襲うそれらに合わせ、女性もまた呟いた。
「『迎え火』」
女性の周囲に生まれた火球が、刃へ向けて射出される。正確に刃の軌道を阻害したそれが、影の刃とぶつかり、小規模な爆炎を散らす。
それを視界の端で捉えつつ爆炎の最中を突っ切り、女性へ肉薄。振り下ろされた直剣を受け止め、牽制する。
刹那、背後から飛び出した影の刃が、女性の頬を掠めた。
「ッ!」
またも跳び退った女性を追撃。左右上下、連続で繰り出される一撃を弾き、いなし、かわす女性の力量には目を見張るものがある。速度も威力も、体捌きも申し分ない。おそらく、純粋な力量ならば、あの一花琥珀をも凌駕するかもしれない。
だが、玄は押している。互角以上の動きができている。そこに、違和を感じていた。
鎌と剣が互いを弾き合い、戦闘に空隙が生まれる。突き出される左拳。身を沈めて避け、回転しつつ鎌を引き戻す。足払いのような一撃。跳躍で避けられる。振り下ろされた足をバックステップで避け、一旦距離を――――。
「『劫火』!」
伸ばされた左手から生み出された焔の波。空間を焼き尽くすそれが、刹那、思考を凍結させる。
――――回避―――不可能――――防御――――魔術展開――――鎌を前に――――。
脳が焼け付くほどの速度で、刹那の思考が明滅する。結論とほぼ同時、無意識の範疇で口が動く。
「『黄泉送り』!」
魔術が発動、鎌の刃が黒く染まる。だが、防御姿勢が間に合わない。
鎌が重い。腕が遅い。焔が速い。思考を超越した本能が、叫ぶ。
――――――跳べ!
世界が、ぶれた。




