其の拾
「ああもう! 邪魔だ!」
ソードブレイカーの峰で薙ぎ払い、追随して逆手に握った左手の刀を鞘ごと薙ぐ。二連撃は面白いように男の即頭部へ吸い込まれ、昏倒へ追い込んだ。
だが、もはや焼け石に水の様相を呈してきている。次から次へというほどではないが、一人倒せば二人増える。どこにこれだけの人数がいたのかと思うほど、玄の前にはテロリストが立ち塞がっていた。総数はそろそろ二桁に届くのではないだろうか。
西棟二階の爆発を調査に行かなければならない。紫乃の安否を確認し、安全ならばよし。危険ならば、脅威となっている対象を排除しなければならない。それが玄の最優先事項。
それなのに、玄はいまだ東棟四階から抜け出せていない。これでは、ガーディアンの名が廃る。
「くそっ!」
らしくない悪態をつきながら、近くの一人を蹴り飛ばす。反対側から刀が迫る。掻い潜ってソードブレイカーを一振り。腹部を大きく切り裂き、刀で打ち倒す。その後ろから現れたのは、火球。
「くッ!」
飛び退って『焔弾呪』を避け、一度体勢を立て直す。魔術を使おうにも、ここは廊下。影のないここでは『魂狩』は使えないし、『八雷』は被害が大きすぎる。今まで感じてこなかった『神憑き』故の不便さを、今、痛感していた。
「『雷槍呪』」
「『憑依武装呪』」
『具現武装呪』とは違い、魔力が噴き出す事はない。ただ、手の甲から幾何学模様が伸び始め、ソードブレイカーの表面までを覆った。
これが、神憑きが持つ二つ目の近接攻撃用魔術。宿した神固有の武器を創り出す『具現武装呪』とは違い、自らが選び、使い慣れた得物に神の魔力を宿す。どちらかといえば基礎魔術に含まれる武装呪に近いだろうか。
大鎌は、この狭い廊下では十分に振り回せない。だからこそ、ソードブレイカーという有利な形状を保ったまま、威力を底上げするのだ。
「『黄泉送り』」
飛来した雷の槍を切り払う。濁った靄へと戻ったそれを振り払い、テロリストたちを睨みつける。
体力的な問題はない。魔力も、今ようやく使い始めたところだ。
だが、終わりの見えない作業は、精神を消耗させる。
「……手加減は終わりにしよう」
抑えていた魔力を解き放つ。笑みを消し、廊下一杯に広がった闇を背に、吐き捨てる。
「死にたい人から、かかって来い」
「啖呵はいいが、本当に殺すなよ?」
背後から響いてきた声に、はっとして魔力を収縮させる。それを突き破って飛び出した人影は、左手に握ったサーベルを構え、玄とテロリストの間で立ち止まった。
いつかと同じ背中。いつかと同じ立ち位置。ただ、余勢ではためく右袖だけが、あの日と違う。玄が健在なのもまた異なるが。
「……山代先生……てっきり避難指示の後そのまま担任業務に入るものだと思ってましたけど」
そんな玄の問いに、宏緑は肩越しににやりと笑った。
「点呼だけ済ませて、副担任に渡してきた。お前さんが足りないのが判明してから、探し回ったぞ。そのせいで遅くなったみたいだな。すまん」
「いえ、別に。先生こそ、細かな傷がありますよ」
指摘を受け、全身を確認した宏緑が、ばつの悪そうな笑顔に変わる。
「ちょっと足止めくらってな。普段黄衣を頼りにしてるから、どうも上手くいかない」
昼頃から来るという話だったが、まだ来ていないのだろうか。
そんな玄の疑問が伝わったわけではないだろうが、宏緑が付け足す。
「黄衣は臨時任務が入って、三時頃だと言っていたな。お前さんのメイドが見られないと悔しがってたぞ。まあ、大方そろそろ小隊を率いてやってくるだろ」
「……それは聞いてません」
そこで、それまで無視されていたテロリストがやいのやいのと声を上げる。
日常会話から意識をシフトさせ、睨む。
だが、踏み込もうと右足を上げたところで、宏緑が肩越しに振り返る。
「お前さんはお前さんの仕事をしろ。ここは俺に任せとけ」
「……でも」
「いいから。クールにやって来い!」
弾かれたように方向転換し、窓に体当たりする。耳障りな異音の中を落下し、渡り廊下の屋根に着地。
そのまま西棟三階に突っ込もうと加速したところで、今しがた聞いたばかりの異音が響く。
発生源は西棟二階。陽光に煌くガラスの破片と、吹き飛んでひしゃげた窓枠。そしてその中に浮かぶ、見慣れた人影。
全身が粟立ち、視界が歪む。世界から音が消え、耳元でうなる血液の音がやけに大きく響く。脳の処理速度があがり、相対的に周囲の速度が下がる。
「……ミストレスッ……!」
食いしばった歯の隙間から呟き、地面を蹴る。紫乃へと近づくその速度すらもどかしい。
必死に伸ばした手の先で、紫乃が目を見開く。こちらを向いたその目には、いつもの気丈な光などどこにもなく。ただ、縋るような、祈るような、そんな色があった。
伸ばした掌が確かに紫乃を掴む。そのままぐいと引き寄せれば、人一人とは到底思えない抵抗が返ってくる。全力で引き込み、紫乃を抱き込む。その腕の中にいた茜ももう片方の腕で抱きかかえ――――瞬間、地面は目の前に。
普段とは比べ物にならないほどの衝撃。少女とはいえ同年代。その負荷が腕に圧し掛かり、思わず膝をつく。
「……神木……」
「間に合って……よかった……!」
魔力を活性化しているこの状態では、二階から落下しても死ぬ可能性はごく僅か。だが、今玄の頭にそんな冷静な思考は欠片もない。ただ、紫乃に危険が迫った事が、心臓を激しく蹴り上げていた。
「……神木……早く離しなさい……! 『焔の神憑き』が来るわ!」
切羽詰ったその言葉に従って紫乃を解放する、寸前。既に退避していた茜が、叫んだ。
「全力で、右に跳べぇぇぇぇぇぇぇぇ!」




