其の漆
非常ベルをどこか遠くに聞きながら、目の前の男たちを見やる。全員、サーベルや刀、大振りのダガーなどを手に、周囲を魔術で破壊している。人がいようがなんだろうがお構いなしだ。
「ねえ、紫乃ちゃん」
遠慮気味に、茜が袖を引く。
「右手首、見える?」
そう言われ、男が伸ばした右手の先に目を凝らす。そこにあったのは、春から度々危険な目に合わされてきた、因縁の証。
黒地に金の線が入った、リストバンド。
「グローリアって事……?」
頭を過ぎるのは、一花琥珀の顔。だが、現在失踪中のはずだ。グローリアと合流したとは聞いていない。
そのはずなのだが。
男の一人と、目が合った。途端、男たちの纏う雰囲気が、変わる。間延びした義務感から一転、まるで獲物を狙う肉食獣だ。
「発見しました」
通信機を通じてどこかへ報告している内容は、十中八九紫乃の事。
つまり、奴らは紫乃を探していたという事。それはおそらく、琥珀かそれに繋がる人物の指示だ。
その予想と違わず、男たちは一斉に紫乃の方へ刀を向ける。
「茜、今すぐ避難して」
「紫乃ちゃんは?」
怯えたように青ざめる茜に、紫乃は努めて安心させるように告げる。
「わたしが避難すれば、彼らはどこまでも付いて来るわ。だから、わたしはここで神木が来るまで彼らの相手をするから」
その言葉は、茜の何かに火をつけたらしい。毅然とした瞳で、男たちを見つめる。その顔に、先程までの青さはなかった。
「じゃあ、あたしも残る」
「あなたに危険な真似をさせるわけにはいかないわ」
「あたしだって、紫乃ちゃんに危険な事してほしくない」
いつの間にか周囲の避難は完了していて、渡り廊下前の広場には紫乃と茜、それから男たち五人だけ。緊迫した空気が、張り詰める。
「あたしはこれでも、戦闘術大会五位だからね。耐えるくらいなら、何とかなるよ!」
あえて語尾を上げ、強く叫んだのは、自らを鼓舞するためか。
確かに、茜の魔術保有量や濃度は紫乃に迫る。理論魔術に関しては紫乃を越すだろう。けれど、茜には実戦経験が少ない。紫乃とて多いわけではないが、茜は一般的な高校生。ここで巻き込んでいいはずが――――いや。
頭を振り、刹那の思考を振り払う。今は、味方が多ければ多い方がいい。
「わかったわ。けど、危険を感じたらすぐに逃げて」
「了解!」
教室からこっそり持ってきたレイピアを抜き放つ。魔力を活性化。
「『風装呪』」
「援護は任せて」
その言葉に、薄く笑いながら頷く。
「ええ、背中は預けたわ」
残念ながら、左手の短剣はない。流石に二つ持っていては目立つだろうと、教室に置いてきた。だが、昔から扱いなれたスタイルを忘れたわけではない。
左足を引き、右腕を胸の近くに引きつける。構えなれた右前の半身。緑に包まれたレイピアの切っ先を、正面の男に向ける。
張り詰めた空気。呼吸を意図的に深くし、視界を広く保つ。相手の出方に目を凝らす。
男の右手が、伸びた。
「やぁッ!」
瞬間、地面を蹴る。右手に捻りを加えながら一直線に突き出す。伸ばされた男の掌に突き立て、肉を貫く感触に歯を食いしばる。バックステップで距離を取った瞬間、顔のすぐ傍を、水の弾が飛んでいった。
唸りを上げるそれに背筋を寒くしながら、背後の茜をちらりと見やる。
「茜、危ないじゃない!」
「大丈夫! 絶対ぶつからないから!」
何からくる自信なのかはよくわからないが、とりあえず茜の言葉を信じる。今は、そこに割く注意力はない。
『水弾呪』が男を直撃し、視界を奪う。その隙を見逃さず、大きく地を蹴った。
右肩、喉元、左肩。目にも止まらぬ速さで横に三つ、連続で突く。ふらりとよろめいた男。間髪入れず鳩尾と両腿。
「ぐぅぅ……!」
耐え切れず膝を突いた男を見下ろす紫乃に、鋭い声が飛んでくる。
「右に跳んで!」
バックステップの予定を変更、右に大きく跳ぶ。途端、今まで紫乃がいた位置を雷の弾が貫いた。
飛来した『雷弾呪』が直撃した男は、後ろへひっくり返って動かなくなる。
「次、行くよ!」
「ええ!」
先程は疑った茜の能力が、百八十度評価を変える。雑念の消えた頭で次の獲物を見据え、地を蹴った。
加速した切っ先で二人目の男を穿つ。
「退避!」
耳に届いた指示のまま、一度大きく距離を取る。今しがた紫乃がいた空間を、男の刀が切り裂いた。茜の指示がなければ、紫乃は今頃真っ二つだ。
「『暗黒捕縛呪』!」
男の足元に魔術陣が生まれ、そこから黒色の鎖が伸びる。それは男の四肢に絡みつき、動きを止めた。それを見て取り、もう一度突進する。
勢いを乗せた突きで、男の左脇腹を貫く。そこで捕縛呪の効果が切れ、迫る刀。レイピアで逸らし、左掌を男へ向ける。
「左に跳んで!」
が、魔術を発動する前に、茜からの指示が届いた。反射的に左へ跳べば、いつの間にかもう一人が刀を振り下ろしている。跳ばなければ、やられていた。
一瞬、視界の端を横切った茜は、何かを詠唱している。男たちの意識が、そちらへ向く。
「『光陣呪』!」
それを阻止するために、左手を伸ばし、足止め魔法を発動。
それを予期していたかのようなタイミングで、茜の詠唱が終了した。
「――――『神雷』!」




