其の陸
爆発音が立て続けに響く。どうやら、西棟三階含め、八高敷地内の至るところで破壊行動が開始されているらしい。
それに気づいたとき、玄は無意識に呟いていた。
「……ミストレス……!」
「同感だ」
その呟きに、蒼次が同意する。
「この分じゃ、五条赤人やオレ、昼頃から見に来るらしい十塚黄衣さんも危ないだろ。見ろ、あの右手首」
言われて、そちらへ視線を向ける。
そこにあった物を目にして、息を呑んだ。
――――黒地に金の線が入った、リストバンド。
「グローリアですか」
「ああ。おそらく文化祭でセキュリティが甘くなんのを狙ったんだ。まんまとしてやられたって事だろ」
不意に、スピーカーからけたたましい非常ベルが鳴り出す。次いで、焦ったような教頭の声。
『敷地内にいる全生徒、及び一般のお客様に連絡します。現在、敷地内に武装勢力が侵入いました。敷地内にいる皆さんは、付近の教師及び係生徒の指示に従い、迅速に避難してください。繰り返します。現在……』
「武装勢力の侵入、ね」
その放送を聴きながら、蒼次はのんびりと呟く。
だが、玄はそれほどゆっくりしていられなかった。
男たちは三人。全員魔力を活性化していて、それぞれの武器も抜いている。どうやら蒼次の出方を伺っているらしく、こちらを見たまま動こうとしない。
だが、その間にも断続的に爆発音は聞こえてくる。悲鳴の中で、逃げ惑う足音すら階下から響いてくる。それが玄の心を掻き乱した。
それを見透かしたように、右上から声が降ってくる。
「落ち着け。三枝紫乃の実力は知ってんだろ。早々に殺されることはねぇ。それより、今はあいつらだ」
ゆっくりと、息を吐く。
「いいか、周囲を巻き込むな。敵対意思を見せるのはオレらだけで良い。それに、お前は丸腰だ。魔術での援護を頼む」
「誰が、丸腰ですか?」
挑発的に返す。目を丸くした蒼次の視線に応えるように、踝まであるスカートをまくり上げ、右手を突っ込む。普段とは違う太腿に装着していた刃渡り三十センチほどのダガーを引き抜いた。
「おいおい、武器の携帯は校則違反だぞ」
「会長こそ、会長特権ですか?」
「しかし、悪趣味な武器持ってんな」
逸らそうとしている話題には食い下がらず、普段より随分軽い得物を見やる。
それは、刃の反対側、峰の位置に深い凹凸が刻まれたダガー。いわゆる、ソードブレイカーと呼ばれる類のものだ。
「今ばかりは、執事服じゃない事に感謝します」
足に張り付くようなズボンでは、これはおろか普段のナイフも隠せない。その点、サイズに余裕があるスカートは、隠すのに便利だ。
「今度から、スカート穿いてくんのか?」
「それは遠慮しますけど」
そこまでのんきな会話を続けたとき、ようやく男たちが動く。一斉に武器を構え、こちらを睨みつけた。
「いいか、指示は一つだけだ。――――絶対に殺すな」
「了解、斬り捨てる」
「指示の意味理解してんのかよ」
蒼次と同期して地を蹴る。高く振り上げられた大刀の軌道を遮らぬよう、低く身を屈め、滑るような疾駆。
まさか敵が向かってくるとは思わなかったのか、男たちの視線に動揺が走る。その一瞬を、見逃すような玄ではない。
正面に立っていた男の太腿を、すれ違いざまに切りつける。反転の勢いでその横の男。足元を強襲され、体勢の崩れた男たちの頭を、大刀の峰が殴りつける。
「クソがッ!」
少し後ろだったがために玄の強襲を免れた男が、手にしたサーベルを振り下ろす。それは真っ直ぐに、大刀を振り切って隙だらけの蒼次へ。
飛び退る蒼次の正面に割り込み、サーベルを峰の凹凸で受け止める。しっかり嵌まり込んだそれごと、手の得物を無理やり一回転。パキンと小気味よい音がして、サーベルが少し短くなる。
これが、ソードブレイカーの本領発揮。敵から得物を奪う、攻撃的な防御。哀れ、得物を無くした男は、戻ってきた蒼次に蹴り飛ばされて動かなくなった。
だが、これで三人。東棟三階を襲ったグローリア構成員は、四人。
残る一人は三人目が蹴り飛ばされた時点で何かを呟いていた。
「……たる八百万の神々が一柱、『志那都比古神』よ。我が魂を贄とし、その力の一片を……」
「固有魔法……!」
蒼次の呟きも、玄の耳には届かない。敵が呼んだ神は『志那都比古神』。風系統を司る神だ。そして、風系統の固有魔法と言えば……
〈『旋風』。巨大な竜巻だの。今やられれば階下まで被害がでるのは必死〉
「させない」
矢のように突進し、男の脇腹を切り裂く。
「――――旋かギャッ!」
それだけで、詠唱は失敗。魔術は発動されない。だが。
反転し、男の背中に照準を定める。右手のソードブレイカーを突き立てようと力を込めた――――刹那。
「やめろ!」
叫び声と共に、大刀が峰の凹凸に嵌まり込んだ。これでは、突きなど放てない。
疑問と共に、大刀の主、蒼次を見やる。その視線を受け止めて、蒼次は厳しい顔で言い放つ。
「『殺すな』と言っただろ。これ以上は無意味だ」
そう言って、男の脳天に大刀の柄を振り下ろす。呻き声と共に倒れた男を見下ろし、次いで玄を見る。今しがたの厳しさなどどこにもない、普段通りの蒼次だった。
「悪いけど、こいつら壁際に寄せてくれ。オレは避難させなきゃならないんでな」
言われた通り、崩れ落ちた男たちを壁際に寄せて道を開ける玄の横で、蒼次は生徒会長としての職務を全うすべく、声を上げた。
「この周辺にいる生徒、及び一般の方に連絡します! 僕について、避難を開始してください! 目下の危険は排除しました! 慌てず騒がず、落ち着く事を心がけてください!」
俄かに騒然としてくる人の間を縫って、厨房に飛び込む。その端、荷物がまとめられている区画から自分の刀をひったくるように掴み、再び廊下に飛び出した。
瞬間。
轟音が、玄の体を包み込んだ。




