其の伍
「三枝さん、交代の時間です」
腕時計に目をやれば、既に時刻は正午を回ったところ。紫乃のシフトは午前九時から正午までの三時間、確かに交代の時間だ。
「ええ。後はよろしくお願いするわ」
受付から出て、客の列から外れたところで一度体を伸ばす。三時間も座りっぱなしで受付は、流石に体に応える。魔力を活性化していないとなれば尚更だ。
仕事を終えた開放感に浸りながら、何をしようか考える。どこへ行くとも決めていない。一緒に回る約束でもした友人がいれば話は別なのだろうが、生憎友人と呼べる存在は茜と玄くらいだ。教わったシフトによれば玄は一時までウェイターだし、茜はスケジュールこそ空いているものの他の誰かと回るのだろう。
仕方ない。九組の企画は喫茶店だったはずだ。少々気まずいが、一時間ほどそこで過ごさせてもらおう。その後、玄と回れば問題ないだろう。玄のメイド姿も見られて一石二鳥だ。
そう決め、教室の横に置いてある荷物から自分のレイピアを回収する。校則違反ではあるが、一般客の多い中で丸腰というのは不安要素が強すぎる。
九組に向かおうとすぐ傍の南階段へ体を向ければ、丁度上がってきた人影と目が合った。
「あ、紫乃ちゃん。丁度よかった」
上がってきたのは、茜だった。紫乃を見るなり顔を綻ばせ、小走りで駆け寄ってくる。
「あら、茜。恐怖の舞踏館へ、ようこそ」
受付をしていたときの感覚が抜けず、思わずそう口走る。そんな紫乃に、茜は苦笑いだ。
「残念だけど、一人でお化け屋敷に入る度胸はないかな。紫乃ちゃん、一緒に入る?」
「全てのからくりを知ってるお化け屋敷なんて、ただ暗いだけじゃない」
今度は紫乃が苦笑する。ひとしきり苦笑いを交換し合った後、茜が口火を切った。
「紫乃ちゃん、誰かと回る予定ある?」
「いえ」
「じゃあ、一緒に回ろうよ」
願ってもない言葉だ。一も二もなく頷いて、その提案に飛びつく。
「ええ。お願いするわ」
とりあえず、反対側の北階段に向かいがてら、一年二、三、四、五組の企画を覗く。だが、あまり魅力の感じられるような、目を引く企画はない。テレビCMを模して自主制作した映像やら、午後から行う演劇の宣伝やら、確かに面白そうではあるが、時刻は正午。それらを覗く前に食事にしたい時間だ。
「先にご飯、って事でいい?」
「ええ。構わないわ。どこで食べようかしら」
進行方向には、五組企画の喫茶店が開かれているが、内容はただの喫茶店。それならば。
「せっかくだから、九組行く? 今なら、神木君が接客してくれるかもよ」
「そうね。それが一番面白そうかしら」
そうと決まれば、行動するだけ。
五組の喧伝を素通りし、南階段を下りて二階へ。
渡り廊下へ向かう中、紫乃が見たのは――――抜き身の刀を持った、魔力活性化済みの男たちだった。
どこかで、悲鳴が響いた。
「ありがとうございましたー」
会計を終え、出て行く客を扉の外まで見送ってから頭を下げる。たっぷり二秒間数えてから、頭を上げる。
教室内に戻ろうと踵を返した瞬間、すぐ傍の北階段から上ってきた人影が目に入った。
とりあえず宣伝しておこうと、その人影に向き直る。その人影もまた、玄に目を留めたらしかった。
「ああ、お前。悪いけど、中見るだけなんだが入れてもらってもいいか?」
その姿に、玄は見覚えがあった。
栗色の髪、釣り目気味な鋭い眼光。玄より十センチ近く高いであろう身長で、背負っているのはこれまた長い刀。
誰あろう、生徒会長一ノ瀬蒼次だ。この高校内で、宏緑に次ぐ実力者。
「こんにちは、会長。生徒会の職務ですか?」
「まあな。……あ、お前、神木君か?」
そこで、蒼次は会話の相手が玄である事に気づいたらしい。まあ、まさか戦闘術大会二位の男子が、メイドの格好でウェイターをしているとは思わないだろう。
「ええ。お久し振りです」
「お、おう。けど、お前なんでまたそんな格好」
本気で怪訝そうな蒼次に微笑んだまま、玄は吐き捨てる。
「メイドの人数不足です。僕が一番見苦しくないとかで」
「そうか……まあ、オレも本気で女子だと思ったからな……」
それに対して追求したい欲求を抑え込んで、話を元に戻す。
「それで、中の見学でしたか?」
「ああ。一応全クラス見ておこうと思ってな。けど、全部体験してたんじゃ、金も時間も足りねぇ。って事で、とりあえず見るだけ見ちまいたいんだ」
その弁に、頷く。
「構いませんよ。どうぞ、こちらへ。ご案内いたします」
「流石本職、動きがホントに使用人だな」
「褒め言葉として受け取らせていただきます」
本来ならば先導して空席まで案内するのだが、今回のケースは特殊だ。蒼次の後ろに付き従って、疑問を解消する事に努める。
「値段設定はどうなってんだ?」
「事前提出した申請書と変化ありませんよ。各種サンドウィッチが三百円、飲み物が二百円です」
「それで採算が取れんのか?」
「素人の計算ではありますが、各種経費は賄える事になっています。もちろん、予算含めですが」
教室内を練り歩く蒼次に奇異の視線は向けられるものの、それが誰だか気づくとすぐに納得するのか視線は外れる。
そんなこんなで、厨房の見学含め十分弱。満足したという蒼次を同じように出入り口まで見送って、頭を下げる。
「ありがとうございました」
「いや、悪いな突然押しかけて」
「いえ、次はお客様としてお越しください」
その言葉に、蒼次は苦笑する。
刹那、けたたましい足音と悲鳴が、空気を劈く。それが生まれたと思しき方向を、同時に見やった玄と蒼次の目に入ったのは――――。
それぞれの武器を構え、色とりどりの靄をまとった男たちだった。




