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其の伍

 入学式が終わり、九組から順に退場という運びになる。九組故にさっさと退場した玄は、横に座っていた生徒の後について廊下を進み、案内された教室で、指定された席に座った。この辺りのシステムは、旧日本国時代から変わっていない。四十人程度の教室で、等間隔に机と椅子が並び、前方に黒板、後方に個人用のロッカーがある事も。

「じゃあ、とりあえず自己紹介だ。その後、色々説明するからな」

人好きのする笑顔でそう言った担任は、出席番号一番から始めるよう指示した。その指示に応え、一番から順に、自己紹介をしていく。

 『神木』であり、出席番号は比較的若い方である玄の番は、すぐさまやってきた。玄が立った途端に担任が顔を引き攣らせたのは、容姿のせいだろうか。

「神木玄といいます。こんな格好ですけど男です。得意なのは直接戦闘、苦手なのは魔術全般、ですね。よろしくお願いします」

必要最低限の情報だけを開示し、さっさと着席する。無愛想極まりない自己紹介だが、周囲と馴れ合う必要性を感じる事ができないでいる玄にとってはこれが普通だ。

 その後、順番に起立しては型にはまった口上を述べて着席する。四十番、『吉田』が着席したところで、担任が話し出した。

「うっし、俺の番だな。これから一年、お前さんたちの担任を務める山代宏緑(やましろひろのり)だ。担当は総戦、つまりは総合戦闘術の訓練。得意なものは料理、苦手なのは暑さだな。最近の悩みは体重が増加傾向にある事」

笑いがさざめく。

「こんなおっさんで悪いが、まあ一年よろしく頼むぞ」

おっさんを自称し、体重が増えたと悩んでいる割には、宏緑の体は中肉中背であり、顔や頭部だってそこまで年をとっているようには見えない。三十歳前後だろうか。黒髪がぼさぼさな理由が、寝癖なのか狙っているのか判断がつきにくいこと以外は、取り立てて特徴の無い外見だった。

 けれど、玄にはわかる。おそらく、宏緑と全力で戦った場合、玄はギリギリで勝てないだろう。それくらい身のこなしに隙が無く、肉体も鍛えられていた。

 「じゃあ、時間割配るぞ。一応クラスにも貼っておくが、無くさないようにしまっておけよ?」

B5サイズの紙が配られ、次々に注意事項が告げられる。大きなもので言えば、学校内にいるときは、武器はロッカーにしまうこと、くらいか。その校則について宏緑は、

「テロ組織が攻めてきたとき以外は出すなってことだ」

などという表現をしていたが、つまりはそれくらいの例外以外は基本的に帯刀禁止というわけだ。玄にとっては、都合の悪い事に。

 以降、簡単なHRを終え、解散という運びになる。三々五々、周囲や他クラスの知り合いを求めてクラスから出て行く中、その流れに乗って一組へと向かおうとした玄を、呼び止めた人物がいた。

「あ、ねぇ、神木君!」

振り返れば、隣に座っていた女子生徒。紫乃よりも濃い茶色のショートヘアに、黒縁眼鏡をかけている。慌てて先ほど聞いたはずの名前を思い出し、口に出した。

「桜井さん、どうかしたの?」

そう尋ねて見れば、桜井は少し迷った様子を見せた後、口を開いた。

「間違ってたらゴメン。神木墨貴、灰莉夫妻のお子さん……?」

その問いは、玄の深い部分を突いた。咄嗟の事に、言葉を失う。

 神木墨貴、灰莉夫妻。理論魔術の分野で『天才』と褒めそやされ、生涯を賭けて研究した一つの魔術は『文字通り神の領域』として学会に論争の渦を巻き起こした、各界の著名人をして本物の『鬼才』と謳われた夫婦。

 そして、原因不明の自殺を遂げた謎多き魔術学者としても有名だ。

 そこまで、両親(・・)の事を思い返してから、心配そうに玄の顔色を窺う桜井の視線に気づく。

「……うん、そうだよ。僕は神木夫妻の息子。でも、それがどうかしたの?」

肯定した途端に、桜井の纏う雰囲気が変わった気がした。

 ずい、と桜井が一歩近づいてくる。玄よりも優に十五センチ、紫乃よりも五センチは低いだろう身長でそんな事をされれば、必然的に上目遣いのような形になる。

 けれど、そんなことを意識するよりも先に、玄は桜井の目を見てしまった。黒縁眼鏡の奥、濃い隈に縁取られた、先ほどとは打って変わって輝いている目を。爛々と、と表現しても誇大表現ではないだろうその瞳には、明らかな好奇心が浮かんでいた。

「やっぱり! じゃあ、『神降ろし』についてもよく知ってる!?」

「……人並みくらいの知識しかないよ。それを父さんたちに教わって理解できる年じゃなかったから。後から自分で知った事くらい」

「そっか……ごめんね、変な事言って。あたし、ずっと神木夫妻が憧れだったの! 夫妻の研究は完結してないから、あたしが完結させたいって、ずっと思ってるんだ」

その目に浮かぶ感情は、純粋な憧れ。玄とは違う、光の中で生きている人。その存在は、玄にとって眩しかった。それ故に、強く拒絶する事もできなくて。

「……頭、いいんだね」

「昔から、理論魔術だけは得意なんだ。それ以外は、八校もギリギリだったけど」

ばつが悪そうに笑った桜井は、思い出したように手を叩いた。

「そういえば、ちゃんと自己紹介してなかったっけ。まあ、さっきも言ったけど、一応。あたしは桜井茜(さくらいあかね)。得意科目は理論魔術で、苦手なのは直接戦闘術。あんまりコミュニケーションが得意なわけじゃないけど、よろしくね」

そんな風に言われては、返さないわけにもいかない。玄はもう一度、名乗った。

「神木玄だよ。玄武の玄と書いてはるって読むんだ。髪が長いのには何も言わないでくれるとありがたいかな。得意なのは直接戦闘、苦手なのは魔術全般。よろしくね」

神木玄、と名前を呟いている茜にどうしたらいいかわからず、立ち尽くす。クラスによって差はあるだろうが、そろそろ紫乃が待ち合わせの玄関で待っているはず。玄の役目から言って教室に迎えに行くべきだろうが、紫乃が断固反対したせいで玄関になった。入学式前の待機時間で行われた話し合いの結果だ。

「じゃあ、僕はそろそろ帰るから。また明日ね」

「あ、あたしも途中まで一緒でもいい?」

鞄を背負い直したところに、茜が提案してくる。自分がガーディアンだと明かしていいのか悩んでいた玄に、それを断るための確固たる理由は無かった。

「僕は、西十区の駅から東京方面の電車だけど、桜井さんは?」

「あたしも、おんなじかな。家はどこなの?」

「十一区の方だけど」

「じゃあ、十区の駅で乗り換えかー。あたしは、そのまま九区まで行くんだよね」

「それなら、十区まで一緒に帰ろう。あ、けど、僕は一人一緒に帰るけど」

「あー、まあ、大丈夫だよ。何かあればさっさと行くし」

「ごめんね」

そこで一旦会話を終え、クラスを出る。流れで一緒に帰る事になってしまったが、紫乃が何というのか、戦々恐々としながら。

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